
阪田知樹(ピアニスト)
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、日本にとどまらず世界各地で演奏を重ね、フランツ・リスト国際ピアノコンクール第1位、エリザベート王妃国際音楽コンクールで第4位に入賞するなど輝かしいキャリアを歩んでいる阪田知樹さんにインタビュー。ドイツ留学で得たかけがえのない体験や、音楽家として目指す理想の姿などについて語っていただきました。
“音楽が生まれた場所”へ留学することによって
楽曲に対する理解がより深まった
幼い頃から家庭にピアノがあり、習い事の一環としてピアノを演奏するようになった阪田さん。そんな彼が改めてピアノに強く惹かれるようになったのは、小学5年生の頃にマウリツィオ・ポリーニ氏のリサイタルを聴いたことがきっかけでした。
「当日はオール・ショパン・プログラムでした。ポリーニの演奏はCDでよく聴いていましたが、最初に弾いた「幻想曲」ヘ短調作品49がとても素晴らしく、『いつか自分もこんなふうになれたらいいな』とおぼろげに思いました」
こうしてピアニストとして生きる道を意識するようになった阪田さんは、中学時代に将来の進路を明確に定め、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校から東京藝術大学へと進学。さらに世界トップクラスの音楽大学として知られるドイツのハノーファー音楽演劇大学へ留学し、伝統的なウィーン・ピアニズムの継承者であるピアニスト・音楽学者のパウル・バドゥラ=スコダ氏に10年間にわたって師事しました。
「それまでも海外で演奏したり個人指導を受けることはありましたが、自らの演奏への学びを深めるにあたって、実際にヨーロッパの地に住んで空気を吸い、そこで言葉を学んだり生活することで得られることがあると思ったんです。ハノーファーは若きブラームスが過ごした地で、ピアノ協奏曲第1番の初演を行った場所でもあります。そうした音楽とのつながりが密接な環境に身を置いて勉強したいという意欲が湧いたんです」
そうした思いから留学を始めた阪田さんがドイツに滞在して糧となった体験を尋ねたところ、例として“春”にまつわる興味深いエピソードを教えてくれました。
「クラシック音楽には『春の歌』など春を題材にした曲がとても多いですよね。ドイツの冬はすごく暗く寒くて気分がちょっと陰鬱になりますが、春の日差しや花や新緑が感じられるにつれて気持ちも晴れやかになっていくんです。きっと当時の作曲家たちはこの喜びを歌っていたんだろうなと実感できました。また、私は作曲もしますが、深夜に作曲していると、朝方になるにつれて鳥の鳴き声が聞こえて春を感じることができました。クラシック音楽には鳥の鳴き声がモチーフとしてよく出てきますけれど、まさにこんな感じだったんでしょうね。そうした感覚は、学びではなく体験によってこそ得られる特別なものです」
10年間にわたってパウル・バドゥラ=スコダ氏に師事した阪田さん。その中でも印象的な言葉を尋ねたところ、「先生は『私はベートーヴェンやリストからの直系の先生から音楽の伝統を習ってきた。君もそうした直系の弟子になるんだ』とおっしゃっていました。今も自分がその系譜の中にいることを意識しながら音楽に取り組んでいます」と教えてくれました。
尊敬するリストの姿勢を受け継ぎ
音楽の魅力を多くの人に届けたい
こうしたかけがえのない学びや体験の傍ら、阪田さんは数々の国際コンクールに挑戦。2016年にフランツ・リスト国際ピアノコンクールでアジア人男性ピアニスト初の第1位という快挙を達成し、2021年には世界三大音楽コンクールの一つであるエリザベート王妃国際音楽コンクールピアノ部門で第4位に入賞しました。このうちエリザベート王妃国際音楽コンクールでの演奏は、阪田さんにとって一つの集大成でもありました。
「決勝で弾いたブラームスのピアノ協奏曲第2番は、コンクールの1年半前にバドゥラ=スコダ先生からレッスンを受けた最後の曲です。ピアノ協奏曲第2番は楽曲が巨大かつ長くてコンクール向きではありませんが、それまでヨーロッパで学んできたものや、自分が信じる音楽を演奏で表現したいという気持ちで本番に臨みました。レッスンの数ヵ月後に先生は亡くなったのですが、生前の先生からも『いい演奏だ』と太鼓判をいただいていて、とても特別な意味合いがあるコンクールでしたね」
一方、これまでの演奏活動で印象に残っているものを尋ねたところ、数ある公演の中から、リストの命日に合わせてドイツのバイロイトで行われた演奏会を挙げてくれました。
「当日は午後の時間が空いたため、バイロイトにあるリストの墓でお墓参りを行ってから本番に臨みました。その夜に弾いたのがリストの楽曲で、改めて『真摯に音楽に向き合っていきたいな』と思えた特別な1日になりました」
こうした言葉からも分かるように、阪田さんにとってリストは特別な存在。その理由は、リストが作曲家として偉大なだけでなく、広い視野を持って活動していたことにあります。
「リストは教育者としても重要な人物で、彼がさまざまな才能ある音楽家を指導したおかげで、今の音楽界があると言っても過言ではありません。また彼は、もっと聴かれるべきだと思える過去の作曲家の作品を積極的に取り上げ、聴衆に広めることにも努めました。こうしたリストの姿勢は、私の今の活動姿勢にもつながっています」
作曲家として、演奏家として、さらに教育者として、総合的な意味でリストを尊敬する阪田さんは、自らも作曲家の魅力がより伝わるような企画性の高い演奏活動を展開。近年はラフマニノフのピアノ協奏曲全曲演奏、プロコフィエフやリストの集中演奏会などを開催しています。
「同じ作曲家の作品をまとめて聴くことによって、聴いてくださる方はもちろん弾き手にとっても新しい発見があると思います。音楽は普遍的なものであると同時に、演奏した瞬間に音が消えていく“はかなさ”を持つもの。そうした特別な芸術である音楽において、作曲家が伝えたかったメッセージや思いを皆さんに問うことができれば理想ですね」
演奏だけでなく作曲にも取り組んでいる阪田さん。その目的について「作曲とは、ある種の“無”から生み出す行為。自分の中にある本質的なメッセージや今考えていること、つまり自らの内面に向かい合う時間になるんです。だからこそ作曲は難しいものですが、自分が思っていることを人に伝えて共有できればいいなと考えていて、これからも大事にしていきたい活動です」と語ってくれました。
作曲家が曲に込めた思いを伝える
音楽のメッセンジャーになりたい
阪田さんは今年11月3日にオーチャードホールで開催する『Pianos' Conversation 2025』への出演が決定。東京藝術大学の同級生でもある務川慧悟さんとの2台ピアノ共演で、近代フランス音楽を中心としたプログラムに挑みます。
「今年はラヴェルの生誕150年という記念すべき年なので、この機会にラヴェルの音楽の魅力に触れていただきたいと思っています。また、ドビュッシーやガーシュウィンなど、ラヴェルと交流があったり同時代の作曲家も取り上げることで、それぞれの音楽のキャラクターの違いや表現の幅も楽しんでいただきたいですね」
また阪田さんは、務川さんとの共演にも期待で胸を膨らませています。
「務川さんは昔から計画的に考えてから緻密に行動する方で、それが彼の演奏の持ち味にもつながっていると思っています。そうした私とは違った魅力や存在を2台ピアノで間近に体感することによって、一緒に演奏した時に音楽の広がりが生まれるのではないかと楽しみにしています」
最後に今後の目標を尋ねたところ、阪田さんは「音楽のメッセンジャーになりたい」と語ってくれました。
「演奏家は作曲家が残してくれた音楽を取り扱うわけですから、作曲家のメッセージを聴いてくださる方に届けたいと思っています。また作曲においても、私の音楽を聴くことによって何かを考えるきっかけになるような、心に残る曲を今後作っていきたいですね」
幅広い活動を通じて音楽家としてさらなる高みを目指す阪田さんに、これからも注目しましょう!
東京藝術大学の同級生である務川さんとは、2021年にエリザベート王妃国際音楽コンクールの決勝ステージでも再会しています。「務川さんはいろいろな場所で活躍している方なので、きっとどこかで会うことがあるだろうなと思っていました。それが世界的なコンクールの決勝という場ということに、感慨深いものがありました」
取材・文:上村真徹

〈プロフィール〉
1993年愛知県生まれ。5歳からピアノを始め、東京藝術大学を経てハノーファー音楽演劇大学にて修士を首席修了。現在は同大学院ソリスト課程に在籍。2016年にフランツ・リスト国際ピアノコンクールでアジア人男性ピアニスト初の第1位および6つの特別賞に輝き、2021年にはエリザベート王妃国際音楽コンクールで第4位に入賞。他にも数多くの国際コンクールで受賞。国内にとどまらず世界各地で活動し、国内外のオーケストラとの共演や国際音楽祭への出演を重ねている。
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〈公演情報〉
『Pianos' Conversation 2025』
2025/11/3(月・祝)15:00開演
Bunkamuraオーチャードホール