ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:浜崎貴司さん@ブリューゲル版画の世界


『現代のワンダーランド』


海老沢: 今回は点数が多いので難しいと思うんですが、お気に入りの作品はどれでしょう。

浜崎: やっぱり第二章にあった《冥府へ下るキリスト》が好きです。いろんなキャラクターがいるし、球体に入っているキリストっていう発想がすごいですよね。これこそほとんどコミックの世界だと思うんですよ。最初の風景のパノラマな的な展示から、章が変わってこの作品を見た時に、きたーって感じでした(笑)。

海老沢: 実はこの作品をポスターに使うっていう案もあったんです。ただ細かく見ると結構残酷な描写もあるので却下になりました。今回は時系列に作品が並んでいるわけではなくて、数が多いので全体のバランスを考えて配置しているんですが、第二章は最初の山場になっているんです。

浜崎: あと、農民を描いた作品も好きなんですが、その中でインパクトがあったのが《夏》ですね。この絵が持つ生命力はすごいですよね。手前のおじさんのキャラクターといい、ポーズといい、これもどこかコミックを連想させますよね。

海老沢: さっきデヴィッド・ホックニーの話が出ましたけど、他にはどんな作家がお好きなんですか。

浜崎: 印象派の作品もよく観ますよ。モネの睡蓮のシリーズは好きですね。何回も繰り返し描いているところが気になります。あの作品で描かれているのは水面ですけど、睡蓮があるからそう分かるだけで、睡蓮がなければ空のようにも見えますよね。目の前に存在するものと、そこに映っているものとの境界線がぼやけている感じがするんです。描きたいという気持ちはもちろんあったと思いますが、それよりもずっと見つめていたかったのかもしれないなと。

廣川: そうかもしれませんね。睡蓮のシリーズはモネもだんだん目が悪くなってきて、最後は抽象画みたいになってきますよね。

高山: 自分がその場の風景と一体化してしまうような感覚でしょうか。自然と一体化するという意味ではどちらかというと東洋的ですよね。

浜崎: ある時、美術館ってこうやって楽しめばいいんだっていうのがわかった瞬間があって、それは作品を見るんじゃなくて全身で浴びるっていうことなんです。その感覚がわかると、いい作品を見るとすごく気持ちよくなって、ちょっと酔っ払ったような気になるんですよ(笑)。そうやって理解できたのがピカソですね。ピカソの絵を浴びた時に圧倒的なパワーとエネルギーを感じて、これはすごいと。まあピカソの場合はあまりにすごすぎて、たまに気持ち悪くなっちゃう時があるんですが(笑)。

中根: 睡蓮を描いているモネが、目の前の風景と一体感を感じて至福の時をすごしているんだとしたら、浜崎さんがライブで歌っている時も同じような感覚になるんじゃないですか?歌っている時、演奏している時に、流れている音やそこにいる人たちとの一体感が感じられるとか。

浜崎: ライブで自分が歌っている時に、自分が拡大している感覚はありますね。自分自身が膨張して遠くまで届いているような。自分が歌にのめりこめばのめりこむほど、自分の身体が割れてそこから光みたいなのが飛び出していくような感じです。そういう体験をした時は、次の日に振り返ってみると、本当に幸福感がありますね。で、次もそういう歌を歌いたいとか、作りたいと思う。自分が歌うだけじゃなくて、他人の歌を聴いていて感じる時もあります。だから音楽による幸福感を自分で体現したいし、それをみんなに伝えたいって思いますね。ただ、そういう幸福感ってすぐに過ぎ去っちゃう。だから表現活動っていうのは、その幸福感を求め続ける楽しさかもしれない。
絵を描いたり曲を作ったりする時に、作ろうと思わないで作ってしまうというか、集中して作っていたら無意識のうちに完成していたっていう時があるんです。作るというより生むという感覚に近い。ブリューゲルの作品を見ていると、彼も描き始めたらとことん集中して、そういう風にのめりこんじゃうんじゃないかと。そうでないとこんなにたくさんの作品を残せないと思うんですよね。

廣川: 確かに我を忘れている感じはありますよね。これだけの作品を結構短期間で一気に描いているわけですから。

中根: 作品の量といい、質といい、常人では考えられませんよね。ブリューゲルって変人譚みたいなエピソードは残っていないんですか。

廣川: そもそも本人に関する資料があまり残っていないのでわからない部分が多いんですが、農民の結婚式に変装して参加したようなエピソードは残っていますね。農民と同化したがっていたのかもしれません。肖像画だと静かな人に見えますけど...。どうなんでしょうね。

浜崎: 農民に対する視線や描き方って、ちょっと民芸運動的な視線を感じさせますよね。ブリューゲルは都市にいたわけで、あくまでも都市生活者からの視点ですよね。そういう目線そのものが独特だなと。

廣川: 16世紀は都市の生活がだんだんと派手になったり、混沌としてくる時代ではあるので、ちょっと田園にあこがれている感じもあるでしょうね。自分たちにはない暮らしですから。ただ農民に感情移入しているうちに、自分と彼らとの境界がどんどんなくなっていってしまった気がします。

海老沢: 人間だけでなく、怪物とかも本当に見えていたのかも(笑)。すべての存在に対してフラットなんですよね。農民も怪物も同じような目線で接していたからこそ、こういう作品が描けたんじゃないでしょうか。

浜崎: 最近ちょうど儒教関連の本を読んだんですが、やはり人間がなるべく過ちや失敗を犯さないような知恵や教えがまとめられているんです。ただそれはあくまでも表向きの理論で、実は基本的には人間の欲を見つめている話らしいんですね。ちょっと性悪説みたいなところがあって、もっとどろどろしている。結局、それが人間の性なんでしょうね。今回の七つの罪源でもそういうことが描かれている気がして、ブリューゲルの人類史や人間の業のようなものへの興味も感じました。

海老沢: そういった欲望を表現する際に、すごく身近なところに落としこんでいるところが面白いですよね。

廣川: 版画の中の登場人物で罰を受けている人もいるんですが、どこかコミカルなんですよ。あまり厳しい感じがしない(笑)。人間だからしょうがないよね、みたいな(笑)。

浜崎: 今の時代って、自分の欲望を抑制することと、自由に振舞うっていうことが渾然一体となっている気がするんですよ。自分の欲望を規制されたくないという気持ちから、むしろ自分の欲望に対してストイックになって、自制していく感覚がある。時代の気分が、やりたいことをやるという方向じゃなくて、もっと地に足が着いたことをやる方向に、自然に向いているように感じるんです。

廣川: 私も今の若い人たちを見ていると、私たちが同じ年齢だった頃よりすごく慎重な気がするんですね。あまり先のこと考えずに、もっと大胆にやればいいのにって。どちらがいいのかどうかは難しいですが。

浜崎: まさにそういう感じですよね。だからこういう何が良くて何が悪いのかがわかりにくい時代に、七つの罪源のような作品から、「これが悪です」みたいなメッセージをあらためて受け取ると意外に新鮮だなと。しかもそれを難しく言われると微妙なんだけれど、ブリューゲルの作品のように面白おかしく言われると、スッと入ってくるんですよね。だから今回は、渋谷駅からBunkamuraに来るまでに感じた、夏休みの渋谷が持つ独特の賑わいや、たむろしている若い人たちが発情している感じ(笑)とブリューゲルの世界感がすごくリンクしているんですよ。

海老沢: まさに今回の展覧会のキャッチフレーズが“400年前のワンダーランドへようこそ”なんです。現代のワンダーランド・渋谷の街から400年前のワンダーランドへ入ってきていただいて、また渋谷に戻るっていう感覚が面白いんじゃないかと。渋谷の街にブリューゲル作品に登場するような変なキャラクターが本当にいてもおかしくないかもしれない、そんな感覚を楽しんでいただければと思います。

浜崎: 本当にそうですよね。美術館ってもっと構えずに、目で見るだけじゃなくて身体で感じればいいと思うんです。いろいろ学びたいという人もいると思うけれど、エンターテイメントとしてのアートってもっと気持ちいいかどうかみたいなところが重要なのかなと。だからぜひ、いろんな人にブリューゲル作品を浴びてもらいたいですね。

  編集後記
 
 

ギャザリングを行なった日は、ちょうど渋谷にある専門学校・日本デザイナー学院の学生さんたちとのコラボレーション企画の最終日で、学生さんたちが作った「七つの罪源」を読み解くためのポップアップ絵本やミニガイドブックを浜崎さんにも見ていただいたのですが、学生さんの説明を熱心に聞いている浜崎さんの姿はまさに、 心をフラットにして作品や制作物からのパワーを浴びているような感じで印象的でした。
作品を楽しむ秘訣は作品を“浴びること”というのはほんとに名言だと思います。どうしても知識や情報から理屈で作品に向かってしまうことが多い中、なかなかその境地に達するのは難しいですよね。常に心をフラットにして作品や音楽のパワーやパッションをしなやかに受け止めてきたからこその浜崎さんの発言に深みを感じました。今後も多くの方が“浴びる“体験のできる美術館でありつづけていきたいです。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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