ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:山田五郎さん @愛のヴィクトリアン・ジュエリー展


『買う喜び、使う幸せ』


山田: 今回の展覧会を見ていて改めて思うのは、人間の五感ってホントにすごいってことですね。今回展示されているカラーゴールドの色の差なんて、印刷では絶対、再現できないでしょうけど、実物を目で見ればはっきり分かる。人間の目って、実はどんな精密機械よりも高感度なんですよ。昔、僕が出版社に入ったばかりの頃に、印刷物の再現性はどんなに頑張っても半分以下だと教えられました。写真で70%、印刷で70%、結果として49%が限界だと。逆に言うと、人間の目は最高ランクの印刷物のさらに倍以上の色や形や質感を識別できる。何が言いたいかといいますと(笑)、要するにジュエリーも実物を見なきゃ本当の良さはわからないってことですね。

国川: そうなんですよ。今回も真っ先に穐葉さんから、ポスターに載せたカラーゴールドのジュエリーの色についてご指摘をいただいたんですが...。この色が出ないんですよね。

山田: それは仕方ないですよ。実物を見に来てくださいと言うしかない。人間の目で見たら一発でわかりますからと。ついでにいうと、目だけじゃなくて人間の手の感覚もすごいですよ。よくテレビなんかで、寿司を何回握っても米粒の数まで同じになる職人さんが出てきますよね。僕も以前、『タモリ倶楽部』という番組でネジの問屋さんにお邪魔して、1発でネジを正確に100個つかむワザを拝見したことがあるんですよ。で、最初は「人間業じゃない!」って恐れおののいていたんですけど、皆で挑戦してみようってことでやってみたら、一時間ぐらいやっていると、意外なことにかなりの精度でできるようになってくるんです(笑)。「ああ、これは毎日やってたらできるようになるかもしれないな」と。もちろんそれは僕がすごいんじゃなくて、人間の感覚がすごいんですよ。で、何が言いたいかといいますと(笑)、今回、展示されているジュエリーは、人一倍すぐれた手の感覚を厳しい修業でさらに磨き上げた職人さんたちが精魂こめて作った作品だから、ため息が出るほど素晴らしいってことなんですけどね。

穐葉: 本当にそうなんですよね。私の美術館ではジュエリーを実際に触っていただく『ハンドリングセミナー』というのを開催するんですが、参加される宝飾店の方ってみなさん手袋をされるんですね。でも私はいつも素手で触っていただくんです。手袋を通して触るのと素手で触るのとでは全く違うから。金属の持つ質感は、やはり素手で触らないと分からないんです。みなさん素手で触ることに抵抗があるようなんですが、触った後に拭けばいいんです。全然問題ありません。うちのお客様でも、小さい頃から銀のスプーンを使っていらっしゃる方は、その感触が舌に残っているので、他の素材のスプーンは嫌だとおっしゃいます。そのぐらいの心地良さがあるんです。

高山: 出産祝にシルバーのベビースプーンをプレゼントしたりしますけど、そうやって小さい頃から感覚 を磨くのも大切なことかもしれませんね。

山田: 人間は誰もが本来、舌で金属の違いがわかるくらいの感覚を持っている、というわけですね。でも最近はそういう感覚が、どんどん鈍くなってきているような気がします。

穐葉: 最近はほとんどのものが大量生産で作られていて、モノの質感がみんな均一になっていっている気がするんです。すごく寂しいことですよね。

山田: せっかくモノが増えても全然豊かになってないですよね。逆に貧しくなっているとしか思えません。
最近はモノを買う時でも、今流行の言葉で言う“自己責任”で買えない人が増えてますよね。自分の目と価値観でモノを選べないから、値段やブランドに頼るわけです。不都合があれば後からクレームつければいいや、みたいな感じで。これは一種の“幼児化”だと思います。自分なりの価値観やモノを見る目がなければ、自立した大人とはいえませんからね。昔は、大人の男はスーツの生地や仕立てに関して自分なりの好みや判断基準を持っていたものです。特にお金持ちやオシャレじゃなくても。それは、自分でテーラーに行って生地を選び、型やディテールの注文をしていたからだと思うんですよ。当然、ハズすこともあるでしょう。でも、そのリスクを負わないと、価値観やモノを見る目は養えないし、モノのよさを味わう五感も鈍くなる一方です。コレクターの世界でも、「痛い目にあって一人前」っていいますよね。穐葉さんクラスになるまでには、かなり痛い目にもおあいになってきたんじゃないかと(笑)。

穐葉: 確かに(笑)。でも、イギリス人はだますっていうことをほとんどしないんですよ。それはすごいと思いました。フランスやイタリアではたまにありますけど(笑)。もともと、私がこの世界に入ったときには、学校があるわけではないので、どうやって勉強したらいいのかをそれぞれのジャンルの専門家の方に聞いたんですね。そうすると一にも二にも、いいものを自分で扱わなければダメだと。そのためにはたくさん見て、たくさん買わなきゃダメだと。買うという行為をしないと勉強にならないとは言われました。
最近怖いのは、物を売っている人自体が価値を分かっていないってことがあるんです。こちらがちゃんとわかっていても相手がそうじゃない。売る方が分からないと買う方も分からないですから。

海老沢: それだとモノの価値が判らない人は結果的に売る側の話を聞いて買っちゃいますよね。だから最終的には自分で判断できないといけないわけで、やっぱり自己責任なんですね。

山田: そういう騙し騙されの駆け引きまで含めて楽しんでいる部分もあるんですけどね(笑)。変に儲けようとするから大怪我するんですよ(笑)。自分が本当に好きで、この値段なら仮に贋物だったとしてもかまわないと思えるものだけを買えばいいんです。それと、最近の日本ではなぜか「芸術は観るものであって買うもんじゃない」と思い込んでいる人が多いようですが、絵画もジュエリーも自分で買ってみることで、観賞眼もより深まるんじゃないでしょうか。そもそもアートとは、ガラス越しに眺めてお勉強するものではなく、日々の暮らしの中で身近に触れて楽しむためのもの。美術品イコール高価なものと考えるから、いけないんです。世の中には、普通のサラリーマンでも気軽に買える値段の美術品だってあるわけです。それぞれの経済状態に見合ったお気に入りの作品が、探せば必ず見つかりますよ。まずは好きな作品を買って、それを家に飾ってみる。それだけで、暮らしが格段に豊かに楽しくなるはずです。今まで見えていなかったものが見えてきて、展覧会の見方も変わってくると思います。

高山: 日本でも昔はどこの家にも床の間があって、季節に合わせた掛軸やお花を飾ったりして楽しんでましたよね。数年前はアートバブルとか言って投機目的で現代アートが売買されましたけど。

穐葉: イギリスにはいまだにどんな小さな町にもギャラリーがたくさんあって、仕事帰りの人たちがちょっと寄って何かアートを買っていくみたいなことがあります。そういうのが日本ではなくなっちゃいましたよね。

山田: “芸術=難しい”、“美術品=高価”という間違った固定観念にとらわれず、もっと気軽に美術を日常の中に取り入れたいですね。ジュエリーも同じで、何も無理して高価なものを買わなくても、それぞれの人が自分が買えるものを買って楽しめばいいんですよ。

穐葉: 現代だと、モノの価値と値段とが比例しているんですけど、アンティークの世界って1万円ぐらいのものでもすごく素敵なものもたくさんあって、みなさん逆にアンティークって高いものだと思われているんですけどそうじゃないんです。

山田: たしかに。その点では、アンティークって逆に入りやすいかもしれませんね。ただ、芸術や工芸の価値を値段で判断するのは、本当は意味がないと思います。だって、同じ一億円でも、僕の一億円とビル・ゲイツの一億円では、貨幣価値そのものが違うわけですから。仮にある作品が十億円で売れたとしても、それはその値段で買えるお金持ちがいたというだけで、その作品が万人にとって十億円相当の価値があるということでは全くない。芸術や工芸の価値を決めるのは、個々人の好みと経済力しかないんです。なのに、アートやジュエリーの話になると、すぐに値段を聞きたがる人が多いのは、先ほどの話と同じで、自分なりの価値観やモノを見る目が確立できていない証拠だと思います。そもそも「値段を聞いてどうする? 買うの?」って感じですよね(笑)。

海老沢: やっぱり何か価値が決まっているものじゃないと、判断できないし安心できないっていうところがあるんでしょうね。誰もが知っている名前だとか、値段が高いとか。私たちが携わっている美術館もまさにそうで、本当は作家の知名度や評価じゃなくて、自分にとって興味があるかどうかで展覧会に足を運んでいただけると嬉しいんですが。

山田: 永遠に価値が変わらないものなんて、この世に存在しませんよ。だから、その時々の自分の好き嫌いだけを信じたほうがいい。世間の相場や流行がどう変わろうが、自分が今これが好きだという事実だけは変わりませんから。アートに限っては、とことん自己中でいいと思います。

宮澤: アンティークジュエリーって、ヨーロッパだと蚤の市に行くといっぱい売ってますでしょ。大体ガラスの蓋があるボックスに入っていて、おじちゃんに言うと開けて見せてくれる、ああいうのって偽ものが多いんですか?

穐葉: おそらく、今から10年前までは、蚤の市にもたくさんいいものがあったと思います。でも今は世界的にアンティークジュエリーは枯渇していて、ほとんどが復刻品じゃないでしょうか。

山田: ネットオークションというものが、世界中から“掘り出し物”を奪ったんですよ(笑)。今の時代、あらゆる分野で掘り出し物に出会える確率は、限りなくゼロに近いでしょう。

穐葉: 30年ぐらい前ですけど、テムズ川沿いの一番古い歴史のある蚤の市なんかだと、みんな集まってくるのが朝の3時ですからね(笑)。懐中電灯持って。そこにはヨーロッパ中から珍しいものが来るわけですよ。だから早く行かないといいものが買えない。そういう時代もありましたね。

山田: 昔は、自分の守備範囲外のオークションで掘り出し物に出会えることが、たまにありました。たとえば、家具のオークションで買い手がつかないようなしょうもない戸棚の引き出しの中に、どえらく貴重な古書や手紙が入れっぱなしになってたりとか。でも、今ではそういうのも全部ネットに出て、世界中のあらゆる分野のコレクターの目に触れてしまいますからね。

国川: 今までは足で探して見つけていたのが、世界中から誰もがインターネットでチェックして買えるようになっちゃったんですね。

山田: ネットで探せないモノとなると、もはや自分で注文して作らせるしかない。先ほどのスーツの仕立ての話と同じで、自分の価値観やモノを見る目を養う上で、いい経験にもなりますし。僕はジェエリー学校で時計の歴史を教えていたことがあるんですけど、研究生クラスになるとかなりいい作品を作る生徒がいて、既製品を買うより安く一点モノを作ってくれたりしました。出来上がりに不満があっても、ちゃんと指摘すれば直せたり次回以降は改善されたり。そうやって、注文する側と作る側が一緒に育っていけるから、出来合いの商品を買うよりはるかに楽しい。普通のサラリーマンでも、ルネサンス期のメディチ家とかと同じように、若い才能を育てるパトロン気分が味わえるんですから。

国川: 今回はお客様に若い男性の方も意外に多いんです。渋谷には専門学校もたくさんありますから、モノを作っていらっしゃる方も来てくださっているのかもしれません。こういう展覧会を男性の方が熱心に見てくださるのは嬉しいですね。

穐葉: 那須の美術館の方にも専門学校の学生さんが団体でいらしてくださるんですけど、美術館を作った理由のひとつとして、ジュエリーの仕事に携わる人たちの勉強の場にしていただきたいという想いもあるんですよ。陶芸や絵のように、他の美術は専門の美術館がたくさんあるので勉強できるじゃないですか。でもジュエリーは無いんですよね。私は美術館ってインスピレーションを得る場だと思うんですよね。結局、19世紀の作家だって古代の発掘品をたくさん見て、インスピレーションを得て、そこに自分の技術や感性を重ねて新しいジュエリーを作り出してきたんです。今回の展示は本当にいいチャンスですから、ぜひいろんな方に見ていただいて活用していただきたいですね。

  編集後記
 
 

遅れ馳せながらこの展覧会をとおして私もすっかりアンティークジュエリーの魅力に目覚めてしまいました。そして山田さん、穐葉さんもおっしゃっていたとおり、まずはともかく本物をたくさん見ること。そして“自己責任”で買い物をすること。ジュエリーの世界でなくともどんなジャンルに関しても言えることかもしれませんが、やはり身体の感覚を使って覚えること。そして日々の生活でそれを使い愛でるということが何よりも大切なのだということをあらためて認識しました。皆さまも是非、本物を前にしてでしか感じとれないアンティークジュエリーの持つこの奥深い魅力を体験しに、まずは展覧会場へお越しください。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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