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今月のゲスト:こぐれひでこさん @ロートレック・コネクション


『ロートレックのレシピ』


宮澤:このロートレックのレシピ本に載っている料理は、やっぱり南フランスの食材を使ったものが多いんですか?

こぐれ: そうですね。パリよりも南フランスの方が野菜などもいろいろ採れますから。でも彼が住んでいた頃、レアールには中央市場があったはず。60年代の初め頃からだんだんと消えて行って、今は無くなってしまったけれど、私がフランスに行った72年には、まだ少し残っていたのを覚えてますね。

海老沢: 今回の展覧会にあわせて、周辺のカフェやレストランとコラボレーションをさせていただいたんですが、この本に載っている料理を再現していただく中で、作り方から材料や調味料にしても、100年も前のお料理なのに、今とそんなに違いがないように感じたのですが。

宮澤: でもよく見てみると、作り方はそんなに変わらなくても、バターの量と油の量は全然違いますよね。今の時代には使わなくなったけれど、昔はよく使っていた典型的な食材がラードですよね。フライドポテトを揚げるのに一番いいのはラードなんですって。ものすごくカロリー高くなるけど(笑)。

こぐれ: そうなんですよね。最近はラードってあまり使わないけれど、私もコロッケを作るときなんかにちょっと入れたりするんですよ。そうするとほんとにおいしく出来るのよね。こんなに違うのかっていうぐらい(笑)。特に今のフランス料理は日本料理の影響をかなり受けて、さっぱり系になっちゃったから。フランスのレストランでも、昔ながらのお料理は“トラディショナル”ってわざわざ書いてるところもあるぐらい。

高山: ロートレックもゴッホと同じく、日本の文化から影響を受けているんですよね。

こぐれ: 同じように日本に興味を持っていたとしても、ゴッホは日本人を模写したような絵も描いてますけど、この人はあまりそういうことはしてませんよね。だからじっくり研究をするというよりは、直感的に、感性で特徴を捉えて、それをすぐ絵に反映させられる人だったんじゃないかと思います。勘がいい人だと思うし、やっぱり天才ですよね。
後、ポスターの端の方に小さく住所が書いてあるものがあって、これがすごく面白かった。確かオベールカンプとかアルクレールとか3つぐらい知っている住所を発見したんだけれど、これってそのポスターを刷ったところでしょ。例えば、オベールカンプっていうのは、ほんとに小さな印刷工場が集まったような下町情緒の漂う町なのよ(笑)。
作品じゃないけれど、「ロートレックのパリ」っていう地図が展示されていたのもよかった。こんなところに住んでいたんだって。モンマルトルもまだサクレ・クール寺院がない頃ですよね。丘だけがあって。これを見るとロートレックって結構引っ越しをしてますね。

宮澤: おそらくお金があったからだと思うんですけど、同居もしてましたよね。ある時から主治医と住んでますでしょ。きっと、親がまた事故があっちゃいけないって心配したんでしょうね。

こぐれ: ひょっとしたら寂しがり屋だったのかとか想像してたんだけど(笑)、そういう理由かもしれませんね。そうすると、あまりお金がない人は彼の同居人になると助かりますよね(笑)。

高山: やはりこぐれさんはずっと住んでいらっしゃったから、リアルにロートレックがその当時いた場所が回想できるのがうらやましいです。そういう風にパリの街とオーバーラップさせながら見るとまた楽しみが増しますよね。

こぐれ:そうですね。私がいたときは、この地図に載っているディヴァン・ジャポネはすでになかったけれど、ムーラン・ルージュはまだあるし、ムーラン・ルージュより先に出来たエリゼ・モンマルトルっていうのもあるんですね。これはムーラン・ルージュが出来てからさびれてなくなってしまって、今は移転してライブハウスになっているんですよね。同じ名前を使っているだけなのかもしれないけど。

宮澤: ムーラン・ルージュってロートレックが出入りしていた頃は有料だったんでしょうかね。というのも、彼が“入り浸った”っていうことだから、相当お金も必要だったんじゃないかと。

こぐれ: 私も昔入ったことがあるけれど、ショーを見るような席料のある場所と、カウンターのような無料の場所と分かれているか、もしくは値段が違っていたのかも。そうすると、きっと彼なんかはカウンターのところでたむろしてたのかもしれませんね。

宮澤: ロートレックは幼い頃の事故のせいで背が低かったけれど、カウンターの椅子に座れたんでしょうか。

こぐれ: それはちゃんと座れたと思いますよ(笑)。彼より背が低い私でも何とか座ることができるし。でも彼はそういうところにコンプレックスを持っていたのかもしれませんね。

高山: 自分のコンプレックスを絵や料理に昇華させていたところはあると思います。負けず嫌いを感じさせる一方で、料理本のレシピにしても“修道女のおなら”のようなネーミングにはユーモアを感じますし、楽しんで料理をしている様子が想像できますよね。

こぐれ: この料理本にも載っているんだけれど、海老と味が似ているってことで、いなごを使ってます(笑)。「聖人の網焼き」っていうのも可笑しいですよ。まず“バチカンの援助を得て正真正銘の聖者をあなた自身で捕らえるようにしなさい”と。イナゴは食べられるけれど、聖人は無理でしょ(笑)。ちょっとシニカルなところもある。
あくまでも想像なんだけれど、ロートレックのところには料理人というか、メイドさんのような人がいつもいたっていう可能性はないですか?

宮澤: それはありますね。いつも思っていたのは、誰が食べ終わった後の食器を洗っていたんだろうって(笑)。この人は貴族出身だからさすがに食器は洗わないでしょ。しかも日本料理と違って、当時のフランス料理って油も多くて洗うのが大変なわけで。絶対いたはずですよ。

こぐれ: そうですよね。現代のパリでも中流程度の生活をしている人は必ずお掃除を人に頼みますからね。これは絶対いましたね(笑)。ということは、その人に買い物も下ごしらえもやらせて、自分は料理を作って振舞うという、一番おいしいところだけやっていた。私、いいところに気づいちゃった(笑)。

中根:ということは、食事が終わって、みんなが帰った後に、食器を一人で洗いながら友人たちの楽しそうな顔を思い浮かべて...というようなことは全くなくて(笑)、結構豪放なところもあったのかもしれませんね。

こぐれ: そりゃもう、後はその人に任せてワイン飲んでソファで酔いつぶれてでしょ(笑)。

高山: 自分で雇わなくても、母親が手配していたかもしれませんね。でも、一般的には画家とかアーティストっていうと孤高の人、自分たちと違う次元にいる人って思われがちですけど、彼のように料理に精通していたり、交友関係が広かったりという側面が見えてくると、本当に一人の人間として身近に感じられますよね。

こぐれ: 展覧会のコメントには、「今までよりもっと親近感のある《好き》という気持ちで彼の作品を鑑賞することになりそう」って書いたんだけれど、こうやって話していると、ほとんど勝手な想像なんだけれど(笑)、さらにロートレックという人がわかってきて、もっと親近感が沸いて身近に感じられるようになりました。私にはお手伝いさんはいませんでしたけど(笑)。

  編集後記
 
 

“芸術、料理、仲間たち”。ロートレックの人生にとってはどれもがなくてはならないものでした。“愛すべき画家をめぐる物語”という副題をつけた本展は、ふところの深いパリという街が生んだロートレックの作品や料理、そして仲間たちとの交流をとおして新たな人間像を浮かび上がらせようという展覧会です。私もこぐれさんと同様、「今までよりもっと親近感のある《好き》という気持ち」で彼の作品に接することができました。今回こうしてこぐれさんに“ロートレック・コネクション”の環に加わっていただき、ご一緒にロートレックの生きた時代のパリに想いを馳せることができ幸せでした。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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