ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

山川健一さん@ルドンの黒


『明日なき世界のために』


中根: 今回は展覧会のお客さんに若い人が多いんですよ。山川さんの本も若い人が読者に多いし、齋さんも専門学校で若い人を相手に教えていらっしゃる。だから、この展覧会をきっかけに何か“次の世代”と言うことについていろいろ考えたかったんです。僕もギャラリーをやっていて若い人と接することが多いんですが、そこで思うのは、今の時代、若い人がルドンのように“正しく引きこもっているか”ってことなんですね。正しくって言うのはおかしいかもしれないけれど(笑)。要するに今は部屋に閉じこもっていても、インターネットで世界中につながれるじゃないですか、そうすると自分と向き合ったり、自分の内面を探ったり、そういう作業が出来ないんじゃないかと。そこをとても不安に思うんですよね。最近の若い人の、希望の無い感じ、要領よくやろうとする感じと、壁に当たらない感じとかすごいなと思っていて、そういう人がこの展覧会を見て、これでいいんだ、みたいなポジティブな気持ちを持ってくれればいいなと期待しているんですけど。そうじゃないとやばいなと。

山川: でもそういう意味ではもうすでにやばいんじゃない。今の世の中は、形のあるものも無いものもいろんなものが壊れているからね。

齋: 今の若い人たちって消費の仕方がものすごくうまいんですよ。だから確かにぶつかっていく感じじゃないですね。例えば「ルドンの黒」展を見たときに、「これさっぱりわかんない」って言う人はいないと思います。それなりに理解したり、もしくは理解したつもりになったりするんじゃないでしょうか。そういう方向性はあると思いますね。ルドンの絵一枚で人生変わっちゃったとか、先生の一言にすごくむかついたけど、何かが変わった気がするとか、そういう種類の強さは無いですよね。人から汲んでもらった水をそのまま飲むだけじゃなくて、自分で水源まで行って汲んで見ることも必要で、それを若い人たちにどう伝えるかが自分の課題でもあるなと。

中根: もらった水と自分で汲んだ水は味も違うはずですよね。特に今の時代は“検索”っていう手法に慣れてしまっていて、だから、選択するのはうまいんだけれど、選ばなかったものに対して視線があまり向かない。だから壁に当たりようが無いんじゃないかなと。情報も半永久的に増えているから、多すぎて選択するだけで精一杯ということもあるかもしれません。

山川: 真言宗の開祖である空海が面白いことを言っていて、人間には大切にしなきゃいけないことがいくつかある中で、国王に感謝しろって言ってるんだよね。それって今で言う“国体”のことなんだよ。つまり国家っていうものが無ければ人間は食べていけないし仕事もできないわけで、国がちゃんとしていることが大切なことなんだと。今は、そういう意味では国家が機能しない、機能不全寸前になっているわけだから、そんなときに若い人を責めてもかわいそうだよね。まったく未来が見えない状況で、努力すれば報われるかと言うと、決してそうではない。もう末期的だよね。本当は年金制度の問題にしても、若い人はもっと怒っていいよね。暴動が起こってもおかしくないぐらいの話だと思うんだけど。

中根: やはり選択と消費の繰り返しの中で怒りもスポイルされてしまうんじゃないですか。最近はバイトと課題と授業で大学生がめちゃくちゃ忙しいっていうのが新聞に載っていましたね。

山川: 国家というものがちゃんとしてないから、そこに信頼感がなくて、人々がクラス化しているんだろうね。格差社会っていっても、経済的なものだけじゃなくて、いろんな格差があるよね。それらが、サッカーとかロックとか、みんなカテゴライズされてブロック単位になって、その異なるブロックが交わることがなくなっているのかもしれない。ただ単に孤独なブロックが存在していて、自分のブロックの中の友達だけを大事にして生きていきたいっていう姿勢なのかもしれないけれど、それもしょうがないよね。それで安全が担保されるわけだから。それが今の時代では正しいのかもね。ただ、そういう状況が長く続くはずはないと思うけど。

齋: うちがBunkamuraさんといろいろコラボレーションさせていただいているのも、やはり閉じた世界の中だけじゃなくて、もっと外に向かって出て行って、違う分野の人たちと交わっていかなくちゃならないと考えているからなんです。

高山: それはまさにうちも同じです。同じ分野やカテゴリーの中だけでやっていると発展性もありませんし限界もあります。美術館とか渋谷とかいろんな要素を通して、私たちも出来るだけ外に働きかけていきたいと思っています。

山川: 日本は明治維新とふたつの世界大戦の敗戦を経験して、そのたびにテクノロジーを中心に発展してきたわけで、我々は豊かになったんだけれど、今では結果的に日本の経済は悪くなっているし、地球環境もどんどん悪化している。じゃ、何がいけなかったのかって考えると、発展という志向性がいけなかったんだろうと思うんだよね。僕もパソコンもやるしネットもやるから科学の恩恵を受けて暮らしているんだけど、やはりそこで何か歪みが発生していて、それを個人のレベルでさらに突き詰めていくと、結局、仕事のやり方が間違っていたんじゃないかと。仕事ってお金を稼ぐためにやっていると誰でも考えるんだけど、実はそうじゃないんじゃないかな。みんながそうだと思いながら仕事をしてきた結果こうなっただけで。必要とされない商品の広告を作るのが嫌になって、広告会社を辞めた友達がいるんだけど、これは象徴的だよね。だから、お金を稼ぐために社会に本質的に必要の無い仕事をやっちゃいけないんだよね。そういう仕事はやらないって決める。もしくは、もう少し現実的に、本質的な仕事が出来るように、今の仕事の内容をできるだけ変えてみる。みんながそれをやると、仕事の業種が違ってもそういう価値観はリンクするはずなんだよね。それがリンクすることによって社会が変わる。お金のためだけに社会に不必要な仕事をすることは人間として恥ずかしいことなんだと。いろんな業種のいろんな分野にいる人がそれぞれ考えるべきなんだよ。そうやって出来る限り幸福な毎日を送れるような状況を整えていって、それを次の世代の子供たちに渡していく。僕はそれしかないんじゃないかと思う。

中根: 今皆さんがおっしゃられたとおりだと思いますね。だからこのギャザリングのような形でいろいろつながっていくことが必要だし、社会に必要の無い仕事はしない、っていうのも、正論で終わらせずに、実際に行動に起こしてみる。みんながそうすることによって、見えないぐらい少しずつかもしれないけれどきっといろんなことが良い方向に変わっていくと思います。というかそう信じたい。

山川: ルドンが出てきた19世紀から20世紀にかけて、フロイト、ダーウィン、ニーチェなんかがみんな神を否定して葬り去ったんだよね。それによって、20世紀の科学の進歩が可能になった。やっぱり神を引きずったままだと科学の発展は難しかったんだろうと思う。でも、今は21世紀で近代科学がいろんなところで限界に達したんじゃないかと言われていて、いわゆる最先端の量子力学と仏教の智が結局イコールだと。そんな時代にあらためてルドンの作品を見ると、単に神秘的というだけじゃなくて、こういうイマジネーションの向こう側の世界の方が未来があるんじゃないかなと思うね。

  編集後記
 
 

「ルドンの黒」では若い世代のお客様に多くご来館をいただいたので、ギャザリングでも若い人たちと日常的に接している方にぜひご参加いただきたいと思い、若い読者層に圧倒的に支持されている山川さんと、以前ギャザリングにゲストとしてご登場いただいた日本デザイナー学院の齋先生にご参加いただきました。思った以上に白熱し、3時間以上にわたって興味深いお話を伺えたのですが、「イマジネーションの向こう側の世界の方が未来がある」という山川さんの言葉がとても印象的で、アートを通じて世界とつながることの大切さを実感しました。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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