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今月のゲスト:永田欄子さん@スーパーエッシャー展


『エッシャーと着物』


欄子: 今日はせっかくの機会なので、手元にあるものから面白い柄の布をいろいろ選んで持ってきました。着物にも本当にさまざまな絵柄があって、中にはエッシャーっぽいものもあるんですよ。特に近いのはこの2枚ですね。これは空を飛んでいるツバメが天使に変わるんですね。布の感じから多分男性の襦袢か子供の着物かどちらかだと思います。こちらは舞妓さんの前と後ろ。規則的に並んでいます。どうですか?(笑)。

一同: これはまさにエッシャーですね(笑)。

欄子: 今日お持ちした布は、時代的には大正から昭和初期にかけてのものが多いんです。エッシャーは1898年生まれですから、彼の少年期から30歳ぐらいの頃と重なっているんじゃないかと思います。もちろんこの図案の作者はエッシャーを知らないでしょうね(笑)。この頃はちょうどパリ万国博覧会が行われた時期で、その後日本にいろんな文化が入ってきた時期でもあるんですね。日本人っていうのは、ほとんどリアルタイムで様々な要素を取り入れるんです。だからこの頃の着物柄ってとてもモダンなものが多いです。この舞妓さんの柄にしても、一瞬見ただけでは気づかないんですが、よく見るとまさにエッシャーですよね。実はこういう風に中央がふくれている文様自体は「立湧(たてわく)」といって古典柄なんですよ。それをアレンジしたんでしょうね。エッシャーがまだお元気だったら見せてあげたいですね(笑)。
こちらは男性用の無双(むそう)という羽織で、普通は表の生地と裏の生地を別々に作るんですが、これは表裏とも同じ一枚の布で仕立てられていて、裕富な方々が作ることができた高級なものなんです。十字の絵柄がトンボになっていくんですよ(笑)。

高山: これもまさにエッシャーですね(笑)。トンボになっていく途中の様子が本当にユーモラスですね。

宮澤: 本当にエッシャーだね(笑)。ひょっとしたらデザインというものを真剣に突き詰めていくとたどり着く一つの形なのかもしれないね。それにしても、これを作った人もすごいし、頼んだ人もすごいですね(笑)。これを着る人はどんな職業の人たちなんですか?

欄子: これに関してはやっぱり豊かな方々ですね。そういう人たちは何を競ったかというと、お茶屋さんで遊ぶときに、芸者さんたちが羽織を脱がせますよね。その際に一瞬だけ見える、その楽しさを競い合ったらしいです。他にも着物には着たときにかくれる「下前」があり、そこにだけ柄があるものもあるんですね。それだと普段の動きの中では見えないんです。でも何かの拍子に見えることがあるかもしれない。その瞬間のためだけにその柄がある(笑)。目に見える表面的な美しさだけじゃなくて、それが“粋”ということだったんでしょうね。

海老沢: 今回のギャザリングにあたってゲストの方を考える時に、エッシャーというとやはりグラフィックやデザインのフィールドで活躍していらっしゃる方がイメージ的につながりやすいんですが、宮澤さんがあえて工芸やクラフト、着物のような分野の方が共通点があるんじゃないかと。それで以前ギャザリングに登場していただいたマーブルトロンの木下さん経由で欄子さんにお願いしたんですが、本当にぴったりだったと思います。

宮澤: 実際、エッシャーが晩年になって正則分割や平面重点を講演で説明する時に着物柄を使っているんですよね。どこから入手したかは正確にはわからないんですが、お父さんが日本の福井県にいらしたからつながりはあったんですよね。

欄子: 共通している部分は本当に多いと思いますね。またエッシャー作品にはユーモラスなものもありますが、着物の絵柄も遊びの要素がたくさん盛り込まれているんですよ。特にこの大正から昭和初期にかけては、ヨーロッパからの影響もあったし、もちろん今より着物が普段着だったということもあって、着物の業界の人たちが冒険をするんですね。それまでは古典の和柄がほとんどだったのが和洋折衷になって、面白い柄がたくさん作られています。今日は他にもいろいろ持ってきていますよ。
これは色の使い方も図柄もとってもモダンでしょ。柄の中に年号が入っていて、英文字も書いてあるんですが、スペルは正確性よりも時としてデザイン的な要素で使われているんですね。こちらは柿や栗がデザインされています。とってもかわいいですねよ。どちらも大正から昭和初期のものですから、90年近く経っているんですが、とてもそう思えないでしょ。

宮澤: これはちょっとキュビスムを感じさせますね。キュビスムが大体1910年代だから、やっぱり当時すぐに入ってきているんですね。あまり掘り下げてない感じはするけど、最初に反応したのは美術史かとか学者とかじゃなくて、デザイナーとかが“よくわからないけどインパクトがある”、みたいな感じで取り入れたのかな(笑)。面白いですね。

欄子: 後、これは魚なんですが、背中のところに唐草模様が入っているんです。こっちは本が並んでいるんですね。これなんかもすごい色使いですよね。

中根: 本のタイトルもすごいですね。ゲーテに芥川龍之介にドン・キホーテ。何でもありですね(笑)。これこそ着た人がすごい。

欄子:エッシャーは数学者とか科学者にすごく気に入られたようですが、私は着物こそすごく数学的だなと。反物は長さ12~13m、幅36cmの一枚の直線の布ですよね。直線を基にして着物ができ、人がまとうことで曲線も作り出します。さらに、洗い張りと言って、着物を解いて、つなぎ合わせて、もとの反物の状態に戻すことが出来るんです。そうやって手入れをするとまた生き返る。切りくずも出ませんのでごみが出ない。非常にエコでもあるんです。着物の形は一定ですから、柄は、その限られた形の中で何をどう表現するかを考えなければならない。そこが職人さんの腕の見せ所。だから自分たちが伝えたいことを絵柄に託す、その姿勢や意気込みが着物独特のデザイン性をもっているんではないかと。また、だからこそ着物の柄がこれだけ多様に広がったとも言えると思います。そういう姿勢はエッシャーの作品にも通ずるものがありますね。
私は世界中を旅していろんな布を見ましたけれど、やっぱり日本の染色やデザインが最高だと思います。だけど、残念ながらその中でもこんなに素敵で楽しい柄があったっていうことはほとんど知られていない。今回はエッシャー展をきっかけに、こういう風に着物の柄を皆さんにお披露目できる機会をいただいて本当に嬉しいです。

  編集後記
 
 

影響を受けていないグラフィックアーティストはいないんじゃないかと思えるほど、グラフィックやデザインの世界に強いインパクトと影響を与え続けているエッシャー。今回のギャザリングもやはりそういう方に熱く語っていただくのがいいかなーと思いつつ、でもあまりにもストレートすぎて意外性がないかなと、着物柄にお詳しい永田欄子さんにお声がけさせていただいたのですが、内心はあまりエッシャーをお好きじゃなかったらどうしよう・・・とドキドキでした。しかし、持ってきていただいた着物柄を見て、これほどまでにエッシャーの世界に近いとは思わなかったので本当にびっくりしたのと同時に、日本人がこれだけエッシャーに惹かれるのもなんとなくわかったような気がしました。着物柄の魅力にもはまってしまいそうです。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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