ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:稲松 三千野さん@レオノール・フィニ展


『早すぎたカリスマ』


中根: フィニも大変な猫好きだったようですが、ブログを拝見しましたけど、稲松さんも猫を飼ってらっしゃいますよね。

稲松: いえ、そう見えるかもしれませんが、飼ってないんですよ。猫っていろんなところに通う習性があるそうで、餌場を確保したらそこに通うらしいんですね。去年くらいに一度猫が来たことがあって、その時に餌をあげたりしているうちになついてしまって。それ以降自分の家のようにやってくるんです。で、こっちも勝手に名前をつけたりして(笑)。自分でも飼いたいのですが、いろいろと制限もありますし。パリの住居ではペットを飼っちゃいけないと言われることはほとんどないんですけどね。地下鉄にも連れて乗れますから。犬も猫も。

中根: 写真もたくさん載っていましたけどあれはよそ様の猫だったんですね(笑)。

海老沢: 実は今回の作品には猫の傷がついているものがあるんですよ。良く見ないと分からないんですが、本当にフィニの飼っていた猫がつけたらしいんです。フィニは猫に対して全然制限しないし、フィニというサインと猫の爪あとがあるのが自分の絵である証拠だ、ぐらいの発言をしていたそうなんです。

稲松: すごいですね。いくら猫が好きとは言えそこまでとは。もっと傷をよく見てくればよかったです(笑)。所々へこんでいるのは気づいたんですが。ひょっとしたらああいうのも猫の仕業かもしれませんね。

海老沢: 稲松さんはフランスに住んでいらっしゃったとお聞きしたんですが、日本では例えば美術館と映画館と比べると、圧倒的に映画館に訪れる人の方が多いと思うんですが、フランスではどうなんでしょう。

稲松: パリはちょっと特殊かもしれませんが、とにかく美術館に見に行こうという気持ちになる街なんです。まず美術館、展覧会の数が日本とは全然違うということがあると思いますね。やっぱり選択肢がたくさんあるとその中から自分の好きなものが見つかりますから、また次につながったりしますよね。後、街自体の大きさもいろんなものを見て歩くのにちょうどいいんですよ。美術館の周遊券や値段の安い情報誌なんかも流通していますしね。

海老沢: フランスではフィニをご覧になったことはありましたか?

稲松: 私が住んでいたのは2年ぐらいなんですが、あまり記憶にありませんね。もちろんちゃんと知っている人はいると思いますし、私もどこかで見ているはずだと思いますが。

海老沢: 今回は個人のコレクターの方から作品をお借りしているのがほとんどなんですね。実際パリの美術館でもフィニの作品をちゃんと飾っていることって少ないんですよ。本屋さんに行っても、フィニ関連のものってあまり置いてない。同時代すぎるんでしょうね。

稲松: 没後まだ10年も経ってないですからね。20年、30年後ぐらいに回顧展みたいなものがパリで開催されれば、あらためて注目されるかもしれないですね。

海老沢: これはうちの学芸員が言っていたことなんですが、10年前とか20年前にはカリスマという言葉は無かったですよね、一般用語として。だけど今、フィニを紹介するのにカリスマという言葉がすごくわかりやすいと。コスプレという言葉もフィニには当てはまると思うんですが、そういう言葉も当然その時代には無かった。だからようやく時代が追いついてきたと言えるんじゃないかと。

中根: カリスマって言われてみればそうですね。フィニに関して不思議なのは、いくら略歴を見ても、人生の岐路になるような出来事や事件が少ないんですよね。作風の変化にしても、例えば付き合っている男性の影響を受けたとかじゃなさそうだし。

稲松: 日常的な変化や事件は多少あったにしても、波乱万丈というような大きな流れはあまり感じませんよね。ひょっとしたら日常そのものが別世界だったのかもしれませんね。いろんな人や時代背景の影響を、作品としては受けているけれど、人格的にはほとんど受けていない。ジャン・ジュネの肖像画なんかも残っていますが、彼とどういう交流をしていたのかも気になりますし、生涯を通してじっくり背景を知りたくなる人ですよね。

中根: このカタログを読めば読むほど新しい発見があるし、逆に捉えどころがない、という意味では、よくわからないという人も出てくるかもしれないけれど、こうやっていろんな話が出来るという意味で今回は楽しかったなと思います。

稲松: 例えばフィニの場合は評価が定まっていない分、自由に語ることが出来るということもあるんじゃないでしょうか。特に美術に関しては歴史を語れないとダメだったり、知識を求められたりすると思うんですね。でも、そういうのって後からカタログを読み込むことでも可能だし、そもそも分析したり答えを求めたりするのってそんなにすぐに出来ないと思うんですよ。やっぱり今の時代は効率が最優先されていることがすべての元凶なんじゃないかと思いますね。

中根: まさに、このミュージアム・ギャザリングの最初のゲストである辻信一さんがおっしゃっていたんですが、これからは“雑”の時代だと。家庭での会話や、絵画を見ることは、無くたって生きていける、「雑」なんです。でもそれが文化なんだと。要するに非効率、無駄なことが重要だということなんですね。今日はなんか改めてこの企画の原点に戻ったような気がします。

  編集後記
 
 

中根さんから「フランス語の翻訳家で、猫好きな女性がいる」と伺って、「う~ん、なんてフィニのギャザリングにぴったり!」と思い、稲松さんの猫の写真がいっぱい掲載されているサイトを見て、半ばフィニのような人を想像しながら今回のギャザリングに臨んだのですが、しょっぱなから「あの猫は飼い猫じゃないんですよ」と言われてちょっとびっくりしました。それでも猫好きは本物で、また稲松さん自身フェミニンでありながらも至極冷静にフィニについて分析するあたり、やはりなんとなくフィニと重なるところを感じました。稲松さんのサイトもぜひご覧ください!

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

前へ


ページトップへ
Presented by The Bunkamura Museum of Art / Copyright (C) TOKYU BUNKAMURA, Inc. All Rights Reserved.