ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:杉浦 幸子さん@ベルギー象徴派展


『未来につながるリテラシー』


鷲尾: 杉浦さんはエデュケーターとして、森美術館を始め、いろんなところでアートを読み解くためのプログラムを企画されていますが、例えば今回の象徴派展を素材として、子供たち向けのプログラムを組むとしたらどんな企画が浮かびそうですか?

杉浦: そうですね、まず子供たちがベルギーという国を知らなければ、これが初めてのベルギーとの出会いになる可能性がありますよね。なので、最初はベルギーという国はどういうところなのかな?ということを伝えたり、考えたりしたいですね。具体的にはいくつかアプローチの方法があると思うんですけど、今回はいろんな作家さんがいるので、作家さんの間で比較をするような企画が面白いかもしれません。あと、クノップフなんかは作品数が多いし、年代的には15年くらい幅があるようなので、その辺りからもうちょっとしっかり読み取って、読み取れたことを何かプログラムにするというのも出来そうですね。

海老沢: プログラムを作るときは子供たち自身が考えたりするんですか?

杉浦: 場合によってはそういう方法を使うこともありますが、基本姿勢としてはまず見てもらうということですね。最初にあまり情報を出さないで見てもらって、それを言葉にしたり絵にしたりして、自分たちの体験につなげるような流れを作るのが一般的です。例えば15分程度展覧会を見て、好きな作品を決めて他人に説明してもらう。最初は上手く説明できないので、もう一度見せるんですよね。そうすると最初と見方が変わるんです。そんな風に、違いを発見するきっかけを提供するということは重要です。それで、その流れの中のところどころに美術史的な知識が入ってくるように仕掛けるんです。でも美術史的な知識や情報があまり前面に出すぎてもいけない。そのあたりのさじ加減がすごく大切だと思います。そのためにどちらかというと職人的な部分が要求されて、マニュアル的にはいかないんです。なので、ただ単に一方的に話をするのではなくて、一緒に現場にいて、一緒にプログラムを組むという行為がどうしても必要になってくるんですよね。

中根: 僕は世田谷に住んでいて、ほんのちょっとですが、街づくりの活動に関わることがあるんですね。そこで街を知ったり理解するためにいろんなプログラムを企画するんですが、そのときに大事だなと思うのは、街づくりを意識させないということなんですね。例えば、手作り作品を出展するアートフリーマケットみたいなものがあるとして、その場に行って楽しんでいると知らず知らずのうちに地域に関する情報を得たり、理解を深めたり、っていうプログラムが必要だと思うんですよ。で、そのために、そういう視点から企画できる人が絶対必要なんです。そういう人材って、今の時代はアートに限らずいろんな分野で求められていると思います。

杉浦: 美術館におけるプログラムで難しいのは、展覧会を伝えたいのか、アートの本質を伝えたいのか、どちらに重きを置くかということなんですね。展覧会の宣伝ツールとしてプログラムを使うのか、お客様のアート体験をより豊かにするために使うのか、っていうこと。宣伝ツールとして使うと、展示された作品の読み解きは見る人のリテラシー、読み解く力に頼ることになってしまう。だから場合によっては、見た人がアートの本質に触れないこともあるんです。もちろん宣伝も大切ですから、そのバランスが難しいんですよ。今はどちらかというと展覧会側の立場に寄ったプログラムが多いですね。だからこそ、リテラシーを鍛えるプログラムが大切だと思います。

海老沢: 私たちBunkamuraザ・ミュージアムという場所も、ある種大人の空間としての部分と美術館としていい意味で敷居を下げたいという部分のバランスをいつも考えているんです。例えば、小学生とか中学生の人たちにもどんどん足を運んでいただきたいし、そういうプログラムも積極的に行いたいのですが、一方で静かにゆっくり見たいという方もいらっしゃるし、そういう気持ちも理解できるし大切にしたいんですよね。いずれにしても将来的にBunkamuraのファンになって下さる方がどんどん増えていく場にしていかないと、とは常に思っていますが。

杉浦: それはBunkamuraさんに限らず、すべての美術館が思考を転換しないといけない時代に入っていると思いますよ。子供さんたちを対象にしてプログラムを組むというのは、もちろん教育的見地から彼らの感性を育成したり豊かにしたりしたいというのは大前提としてあるんですけど、企業戦略のマネージメント的な観点からも非常に重要なんですよ。

中根: そういう視点を大事にすることで、子供たちがアートに触れる機会が増えることはもちろんいいことだし、結果的にお客様が増えて経営がちゃんと成り立っていけば、美術館にしても街づくりにしてもずっと継続していけますよね。

海老沢: このミュージアム・ギャザリングに関しても次のステップとして、もっと中身の充実を図りたいし、もっとやりたいと考えていることもあります。そのためには杉浦さんのおっしゃるような考え方や仕組みを取り入れていく必要があるんだろうなと感じました。何かご一緒にミュージアムを盛り上げていく活動が出来たらいいですね。

  編集後記
 
 

杉浦さんは、日本の美術館ではまだまだ希少なギャラリーエデュケイターとして森美術館でバギーツアーを実施したり色々な試みをされている頃から、ぜひお話を伺ってみたいと思っていたので今回は本当に勉強になりました。このギャザリングのあとで、大勢の小学5年生を前にベルギー象徴派展について説明する機会があり、象徴派を小学生にどう説明すればいいんだろうと悩みましたが、杉浦さんのお話から、単に展覧会の内容を説明するのではなく作品の見方や接し方のきっかけを伝えることを心がけてみました。アート・リテラシーという言葉が浸透しつつありますが、このギャザリングもその一端を担う活動をしていければと思っています。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

前へ


ページトップへ
Presented by The Bunkamura Museum of Art / Copyright (C) TOKYU BUNKAMURA, Inc. All Rights Reserved.