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今月のゲスト:日和 聡子さん@グランマ・モーゼス展


『グランマの遺したもの』


海老沢: グランマの場合は70歳を超えてから絵の創作活動を始めたというのもすごいですけれど、30年間にわたってテーマが変わらないというのもすごいですよね。日和さんもずっと創作活動をなさっているわけですが、すごく単純な質問なんですけど、何で詩を選ばれたんですか。

日和: 私は詩にこだわっているわけではなくて、文学をやっていきたいと思っているんですね。たまたま世間にというか他の人に見てもらえたのが詩ということで、今ももちろん詩は書いていますけど。それで、その文学というのも、詩とか小説とか、物を書くというだけのことだとも思ってないんです。だから今回絵を見せていただいて、絵の中にも文学があるというか、これらの作品は油絵であって、それはひとつのジャンルであり形式でもあると思うんですけど、その中では人の営みや行事等いろんな物語が展開されていますよね。そういう風にいろんな要素から感じ取ったものを、それぞれ別の出力の仕方で表現するというのも、文学の動きとか役割のひとつだと思っているんです。だから私は言葉を、文字を書いて、それが本になって人に読んでもらう、そういう流れだけじゃなくて、もっといろんなやり方をやっていけたらな、と思っています。

海老沢: 日和さんとは世代は一緒なんですけど、古い言葉とか古いものに対する気持ちがすごく強いのかなという感じを受けたんですが。

日和: そうですね、古いものとか古い言葉は好きですし、そういうところから何かが生まれてきたりすることも多いです。ただ、単純に古いから好きとか、古い時代のものを書きたいとかそういうことじゃないんですね。もちろん私は現代に住んでいて、実際に携帯電話を使ったりテレビも見たり、いろんな恩恵をこうむって便利な暮らしをしているわけです。でもそういう暮らしになったからこそ、感謝しなければならない大事に思えるものがあると思うんですよ。今はスイッチ一つできるようになったことも、昔はいろんな動きが伴ったり、労力を費やしたりしてきたわけで、そういうものがずっと積み重なって今がある。今回のグランマ・モーゼスの作品を見ていると、今は失われてしまったけれど忘れてはいけない何かがある、そういうことにあらためて気づかされて、ハッとしました。

海老沢: 日和さんがグランマをお好きと伺った時に、日和さんの詩の世界とグランマの世界って、私の中ではすぐには重ならなくって、どういうところに惹かれていらっしゃるのかなと思っていたんですが、今のお話を聞いてすごく納得できました。

日和: 私も自分がグランマ・モーゼスの作品が好きな理由はどこにあるのだろうと思っていました。私が他に好きな画家の作品とは全然違うし、色も綺麗で見た目もかわいいからというのはわかっていたんですが、それだけじゃない何かがあるような気がずっとしていたんですね。今日見せていただいて、その謎がちょっと解けたという感じがします。

藤江: 人間の営みって、月日が違っても国が違っても、共有できる、分かり合える部分ってあるっていうことかもしれないですね。

宮澤: 描かれている風景にしても登場人物にしても、そんなに変わったものはないし、季節感もちゃんとあるから、日本人には割と入っていきやすい世界かもしれないね。

中根: 実際思い出って多少美化されているところがあるだろうし、嫌な記憶とかがいつまでもリアルに残っていたら生きていけないですからね。そういう意味での美しさとか優しさとかが表現されている気はしますね。

宮澤: 僕にとっては思い出というよりは、古きよき時代の田舎な風景という感じですね。古きよき時代というと思い出の部類に入るかもしれないけど、田舎イコール古きよき時代の物が残されている場所みたいな感じがあるんでね。

日和: 確かにここで表現されている世界って、一貫して懐かしい昔、良かった時代ということですよね。でも私にとって昔というのは、もちろん良かったこともあるけれど、つらかったとか大変だったとかいう厳しさを伴うものなんですね。だから一概に昔は良かったとか楽しかったとか、言えないだろうと思う部分があって、逆に昔の人が苦労したことや大変だったことをちゃんと忘れないでいたいという思いもあるんです。グランマ・モーゼスの場合も、きっと昔は楽しいことばかりじゃなかったと思うんですけど、そういうことを意図的なのかどうかはわかりませんが、ほとんど意識させずに、かといって単なる回想や懐古趣味にとどまらず、本当に素直に表現されているところが素晴らしいと思いますね。

  編集後記
 
 

自館で行う展覧会に出品される作品とは、日々接してはいるのですがどうしても仕事としての接し方になってしまい、絵とじっくり向き合って「鑑賞」という時間がなかなかもてません。今回、日和さんとのギャザリング後に一緒に作品を鑑賞させていただいたのですが、日和さんのお好きな作品を教えていただいたり、よく見るとお茶目な人物描写や絵に流れている穏やかな時間についてお話いただくことで、あらためてモーゼスおばあさんの作品の素晴らしさを実感することができました。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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