ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:島中 文雄さん@モネ、ルノワールと印象派展


『ギャラリーが担うもの』


島中: そういえば、今回初めて音声ガイドを試したんですよ。あのイヤホンで聞くやつですね。正直、今までは、「なんであんなのいちいちつけるの」って思ってたんですけど(笑)、これが本当に面白かった。“ルノワールはお父さんが仕立屋でお母さんがお針子だったので、ドレスや帽子にも細やかな注意を払って描いている”とか“当時、裕福な家では、男の子に女の子の格好をさせていた”とか。こんなのは学校で教えてくれなかったし、収穫になりました。非常にわかりやすかったですよ。

宮澤: 実際使ってみると楽しさはわかっていただけると思うんですよ。ただ、作る側はかなり大変なんですけどね。

高山: 今回は特別に一般用と子供用というのを用意していて、子供用は小学校の高学年から中学生くらいを対象に、若干一般用よりやさしい語り口にしているんです。さらにより印象派の絵を直感的に理解していただくために、「モネの色、ルノワールの色」というワークシートみたいなものも用意したんですよ。基本的には子供用ですが、大人の方でも十分楽しんでいただける内容になっています。

島中: ああ、それも買いました。これ面白いな、と思って。よく出来てますよねー。例えば一枚の絵があるときに、それについて語ることはいくらでもあるし、出来るんですよ。使われている手法だとか、歴史の中での位置づけだとか。しかし、そういう専門家的な考察ばかりだと、本来楽しいはずの展覧会が堅苦しくなってしまうんですね。また、そういう情報っていうのは手に入れようと思えばいくらでも可能なんです。だから、今回の音声ガイドにあるような少し軽いノリの情報なんかがある方が普通の人は楽しいと思います。そればかりでは深みが出ないかもしれませんが、基本的には大賛成ですね。

宮澤: おっしゃる通り、技法がどうだとか絵画の美術史的にどうだとか、そういう難しい話よりも、より絵に親しめる内容にしてあります。本来アートというのは人それぞれに自分の感性で感じればいいんだけれど、なかなかそれが出来ない人もいると思うんです。だからそういう人たちのきっかけにもなればいいなと。

中根: ワークシートに「絵の具っていうのは混ぜるほど色が暗くなる」とか、「空気は透明なのに空はどうして青く見えるのだろう」とかありますけど、これ本当に面白いですね。こういうの知らない人は多いと思いますよ。僕だけじゃないと思う(笑)。すごくいいですね、わかりやすいです。

島中: このワークシートの中で僕がすごく感心したのは、モネとルノワールのパレットを想像して載せているところですよね。その作家のパレット見るとその作家の世界が見える、っていうんだけれど、見事にそれをやっていますよね。

中根: 僕はワークシートはもちろん、この展覧会の監修者の木島俊介先生が書かれた報道資料も感心しながら拝見したんですが、その中で“画家は自分たちの生きている時代を描かねばならない”という詩人ボードレールの主張を引用されていたのが響いたんです。最近仕事柄、いろんなアーティストの作品を見る機会があるんですが、今の時代というもの、日本というもの、例えば戦争とか不況とかを自分の作品に収めようとしている人が少ないように感じるんですよ。ル・デコでもいろんな人がさまざまな作品を発表していますけれど、島中さんはその辺りいかがですか。

島中: 僕は別にあえて時代を切り取る必要性は感じていないんですよ。今の時代に生きて、作品を創っているわけですから、おのずとその時代性は作品に反映されると思うんです。逆に言うと自然に作品を創ってもその時代の影響を少なからず受けるだろうと。

宮澤: 印象派の中でもモネの場合は風景画だから、そういうところありますよね。自然の山や川ばかり描いているわけではなくて、自分の周りにあるものすべて風景だから。鉄橋はモネもルノワールも描いているけれど、技術的には当時の最先端と言えますよね。でもそれは意図的に時代を切り取ろうという意識の下で行われたことではないと思いますよ。

島中: ただ、今の時代は素晴らしい才能を持った人材が、コンピュータ・グラフィックス、アニメや商業アートの分野に吸収されてしまっている感じはしますね。やっぱりそっちの方が充実しているというか、儲かるというか。結果的に印象派の人たちが作ってきたアートの本流のところが空洞化しちゃってる気がします。だからこれからはギャラリーもいろんなことを考えていかなければならないと思うんです。芸術系の専門学校や美大に通っているような人たちは、みんな卒展なんかでギャラリーを利用しますよね。で、社会に出てからも作品を発表するわけですから、結局一番関わりがあるのがギャラリーなんです、それも民間のギャラリーですよ。しかしながら、大概のギャラリーというのがオーナーないしディレクターの個人的な趣味というか好みというか、そういうもので作品を選びますよね。ですから美術界の中でいいギャラリーってポリシーのあるギャラリーなんです。でもちょっと角度を変えてみるとそれは狭いんじゃないかと。その作品が面白いか面白くないか、決めるのは観る人です。それがアートの良さだと思うんですよね。それなのに銀座あたりにはまだまだ入りづらい、敷居の高いギャラリーもありますからね。

中根: 確かにそういう店構えのギャラリーって多いですね。これからは、ギャラリーもその都度の展示をどうするかだけではなくて、20年から30年ぐらいの長期的な視野を持つ必要があると思います。例えば、子供たちをターゲットにした仕組みをたくさん用意することで、将来アートに関心を持つ大人を増やそうとかね。時間帯を決めて子供に開放したり、子供連れの方なんかは入場無料にしたり。目先の利益は生まないけれど、数十年後にはアートを支える裾野は広がればいい、みたいな。

宮澤: うちでいうと、今回なんかも人によっては「また印象派か」、って思う人もいると思うんです。そう言われながらもやるというのは、やはり印象派は歴史を作ったわけですよ。だからその痕跡をいろんな角度から見るのって新鮮だし、神秘的だと考えるからなんです。

高山: そういう姿勢と並行して、子供向け音声ガイドや、ワークシートを用意したり、もっと美術に親しんで楽しんでもらえるようにと、会場内でコンサートを開いたり、トークショーを行なったりなどということをしているんです。美術館もやはり敷居が高くて入りづらいという雰囲気がなかなか拭い去れないというところがあって、受付の位置から、スタッフのお客様への対応の仕方だとか、中の展示デザインだとか、いろいろと気を配っているんですよ。なるべくいろんな方にいらしていただきたいたいですからね。

島中: そういう努力をされているからだと思いますが、中に入ると居心地は良かったですよ。ただ美術館っていうのは、一般の方たちにどう見ていただくか、というのを考えつつ、人数もある程度動員して、やはり成功しなくてはいけないという責任があるから大変ですよね。その点、うちのような個人のギャラリー、しかも貸し画廊が主体の場所では結構自由に物が言えちゃう立場なんです。だから前からル・デコは“脱ギャラリー”ということを言っているんですよ。うちが作家を選ぶんじゃなくて、作家がギャラリーを選ぶんです。それでいいんですよ。アーティストと称する現代美術作家の人たちも、前はうちで企画展をやったりしていたんですが、最近はあまり来なくなりましたね。そういう風に出入りする人は結構変わっているんですけども、でもある意味ですがすがしさというのはあると思っているんですよ。僕が一番理想としている“良い”作品というのは、子供からお爺ちゃんお婆ちゃんまで、それぞれジェネレーションに合った感性で楽しめるものなんです。そういう物をひとつでも多く提供できるのが楽しみなわけですよ。やはりアートというのは普遍性だと思うんですね。そこがファッションと違う。それができなければ結局、消費されて終わりだと思うんですよ。ギャラリーが戦わないといけないのは、いかに消費されないもの、それは文化と言ってもいいと思うんですが、そういうものを作り出していけるかだと思います。お互い渋谷にいるわけですから、これからもがんばりましょう。

  編集後記
 
 

今回は、同じ渋谷にあり、若者から圧倒的な支持を受けているギャラリー『LE DECO ル・デコ』のオーナー島中さんとのギャザリングが実現しました。
 今回の印象派展でお気に入りの一点を見つけられた島中さん。そうですよね。展覧会で一点だけでも自分の好きな作品を見つけられた時というのは、何にもかえられないような幸せな気持ちになれます。教科書に載っていたり、有名な作家の名作といわれている作品だけがいい作品とは限りません。島中さんのように、つねに新鮮な目とオープンな気持ちで展覧会や作品をみるということの大切さをあらためて感じました。そしてまた、いかにしてより多くの人たちが気軽に訪れて、 自由に表現ができるようなアートスペースをつくれるかということで試行錯誤されてきた、島中さんの長年の豊富な経験談も、同じフィールドにいる者としてとても参考になりました。

(高山)

 

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