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今月のゲスト:坂東 京子さん@生誕100年記念展 棟方志功


『素材と生きる』


宮澤: 例えば、藍のような単一色で、これだけ深くて広がりを持ったものって他にあるんですか?僕は素人だから黒とかそうなのかなと思うんだけれど。

坂東: 黒に凝っている人にとってはそうかもしれないですね。でもやっぱり藍は特別な存在ですね。実際、藍って、白とのコントラスト・濃淡の出し方なんかで、どんな柄でも出来ちゃうのよ。もともと藍が発展した背景には江戸時代の奢侈 (しゃし)禁止令によって、庶民が地味な着物しか着られなくなったっていうことがあるのね。赤とかの派手色はダメだし、紫や黒も高貴な色だからダメだと。そうすると自然に紺になっちゃうんです。それと絹も着てはいけない、紺でも木綿だけと言われた。でも、紺一色の着物を着るだけじゃなくて、いろんな太さの縞模様を作ったり、同じ紺でも少し色を変えてグラデーションを作ったり、結局どんな柄でも出来ちゃうのね。制約されるからこそ、手法を駆使する。これは本当にすばらしい江戸時代の人の知恵というかバイタリティというかオシャレ心だと思います。

中根: 僕は志功の版画にも坂東さんのファッションにも、神秘的というかある種神がかり的な雰囲気を感じたんですけれど、その理由として、実際に手間もかかっている、時間もかかっているっていうことがあると思うんです。版画を作るときの、板を削るっていう作業はちょっとおおげさかもしれないけれど、まさに命を削っているような感じがするんです。だから、削る作業にしても染める作業にしても何か祈りにも似たような時間を費やして成し遂げられるものじゃないのかなと。

坂東: 確かにすごいパワーよね。藍染に関しても、私はデザインする方だから染めはやらないけれど、実際染める作業自体もそうだし、そういう染め職人さん達とのやり取りや共同作業っていうのは本当に大変ですよ。特に私の場合は新しいことをやろうとしているわけですからね。織りに関してもやろうと思えば機械で出来ちゃうんですよ。でも手織りには機械では絶対に出せない味わいがあるの。藍染めも外国製のものがあるんですよ。中国だとかインドとかアフリカとかね。そういうものの中には面白いものもあるけれど、私は使わない。やっぱり完成度からいったら日本の方がうんと高いんですよ。ただ、残念ながら日本って何でも流出するじゃないですか、技術もそう。で、それを中国とか人件費の安いところで作らせたりする。そういうことをやっていると日本の伝統というモノが残っていかないと思うんだけれど。

高山: でも、今、私たちが街で普通に目にするものというのは、どちらかというと安易に作られた物が多いですよね。だから坂東さんの作品を拝見して本当に衝撃を受けたというか、もっとみんな本物の良さを知る機会があればいいのにと思いました。

坂東: 私が古藍染に魅かれて収集し始めた頃、グラフィックデザイナーの粟津潔さんに江戸時代の筒描き藍染をお見せする機会があったの。それをご覧になった先生は、「これは、今の僕たちが見ても斬新な図柄だ!日本の文化財にも匹敵する染物だよ。君一人が密かに見て楽しんでいないで、皆に見せてあげるのが君の義務だよ」なんて言って下さってね。だから今も私はその役目を果たしているつもりでもいるの。それこそ30年前は藍染のファッションショーなんかに場所を貸してくれる人はいなかったけれど、今はそうじゃない。日本にはこんな素晴らしい技術があるんですよということ、日本の藍というのはこんなに完成度が高いんですよということ、日本にはこんな素晴らしい職人さんがいるんですよということ、そういうことをもっといろんな人に知って欲しいわね。

宮澤: 特に最近の若い人は、外国のものであればすごく知ろうとするけれども、日本のものってなると、逆にそれ以上踏み込まないようなところがある気がするんです。藍染も棟方志功も聞いたことはあって何となくは知っているよ、で終わっちゃうみたいな。だから今回の棟方展なんて、まさにこれだけすごい人・作品なんだから一人でも若い人たちに見てほしいという想いがあるんです。本物か偽物かわからないようなものがいっぱいある世の中で、自分の目で本物の素晴らしさを見極める力をつけるということは、これからの時代にますます重要になっていくと思うんですよ。

中根: 僕も今回棟方展を2回拝見したんですが、それにあわせていろんな関連本を読んだんですけれど、知れば知るほど彼がやってきたこと、目指したものの新しさ、スケールの大きさをあらためて感じました。そういえば、志功は国内で帝展入選を目指しながらなかなか入賞できなかったっていうエピソードもありますが、どちらかというと日本国内よりも海外の方で先にきちんと評価されたということなんでしょうか。

宮澤: そこが微妙なところで、いまだに棟方がその当時評価されたのは、やはりエキゾチックだったからでしょ、という人もいるわけですよ。しかし、例えば志功が1955年に版画部門の最高賞を受けたサンパウロ・ビエンナーレなんて、当時の最先端の作品が集まっていたような展覧会なんです。だから本質的な美的なレベルというか、芸術的なものを審査員は求めていただろうし、その結果的に志功を選んだことは間違いないわけで、だから単にエキゾチックだけではなかったと思うんです。実際、坂東さんのコレクションなんかでも、これを外国人が見たら東洋的と感じるだろうなあ、という気もするんですが、それ以上にやはり素材へのこだわりが伝わってくるんです。そういう意味では、最近、いろんな業界で「素材の持ち味を生かす」なんてことがよく言われるけれど、実際みんなどこまでこだわりを持っているのかなって思いますよね。

坂東: それは、思い入れが違うんだと思うですよ。志功が板という素材にこだわったように、私は藍という素材に惚れ込んで、その素材への思いから作っているわけです。藍はもう体の一部のようなものなの。だから私は糸から吟味するんです。この糸を使って白地を織ってくださいとか、その糸をこういう風に染めてくださいとか。買ってくる生地ってほとんど無いんですよ。そうやって徹底的にこだわっているから、私は自分のコレクションがひとつ終わると、本当に、「鶴の恩返し」ではないけれど、自らの羽をむしり取り、それを毎晩織り込んで、一反の布を仕上げたみたいな、そういうすべての力を入れ込んで出し切ったというある種の達成感に包まれるんです。今回あらためて志功の作品を見てみると、それと同じような感覚が彼の作品一作一作から感じられました。本当にいい経験になったと思います。

藍染についてはこちら


  編集後記
 
 

今回は、藍染めという日本の伝統的な素材をモティーフに日本的な感性で世界に通じるデザイン性をお持ちになりご活躍されている坂東さんと、土着性、民族性の強い題材をモチーフにした創作活動が世界に受け入れられた棟方には、相通ずる点があるのではないかと考え、坂東さんにアートレビューをお願いしました。ほとんど“飛び込み”状態でお願いしたのにも関わらず快く引き受けてくださり、ギャザリングに備えて4回も棟方展をご覧くださったという坂東さん。私たちが考えていた棟方との共通点以外にも「故郷へのこだわり」「自然物(板/藍)を活かした作品づくり」「色へのこだわり」等々ビックリするほど共通点が多く、とても広がりのあるお話を聞くことができました。
 最近、若い人たちの間でも日本の伝統的なもののよさや“和”への関心が高まってきているようですが、海外からの評価ではなく、日本人が日本人が生み出すもののよさを認識して誇りにしていくこと、棟方や坂東さんなどの“本物”を自分の眼で見て感じることが大切なんだなと再認識させられたような気がします。

(海老沢)

 

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