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2026.01.16 UP
『クワイエットルームにようこそ The Musical』開幕レポート&舞台写真公開!
笑い泣きか、泣き笑いか、とにかく絶妙
そして、「主役はあなた」と優しく寄り添う
『キレイ-神様と待ち合わせした女-』(2000年初演)、『フリムンシスターズ』(2020年)など、ミュージカル作品にも定評がある松尾スズキ。自身の小説『クワイエットルームにようこそ』(文藝春秋)をミュージカル化するという今作では、咲妃みゆ、松下優也、昆夏美、桜井玲香というミュージカル主役級俳優がずらりと名を連ね、音楽に宮川彬良を迎えるという、これまでとはまた違ったアプローチで立ち上げた。相反するように思えるものが融合することによって生まれる、得も言われぬ何かによって観客の心を動かす──それこそが松尾作品の真骨頂。そして開演早々、手中に落ちる。
シリアスでもあり、コミカルでもある。ファンタジックでもあるし、現実的でもある。アンダーグラウンドなニオイがするけれど、THE エンターテインメントでもある。切なくもあり、愉快でもある。ベクトルが縦横無尽に振り切るところが心地良く、それがまた絶妙。
そのうえ、主要人物を演じる俳優たちは歌も演技も確かな実力派ばかり。松尾作品独特のニオイや手触り、清々しいほどの笑いや毒をも体現できるキャストたちだからこそ、この《絶妙》が生まれたのだろう。

2000年代初頭の東京を舞台に、28歳のバツイチのフリーライター・佐倉明日香が、オーバードーズで精神科病院の女子閉鎖病棟にある特別保護室に運ばれるところから物語は動き出す。彼女は、病棟の中でさまざまな事情を抱える人々と出会うことで、自身の過去と現在を振り返っていく。
主人公の明日香を演じるのは咲妃みゆ。彼女の全身全霊で懸命な姿が観客を物語へと誘導してくれる。明日香のパートナーで人気放送作家の焼畑鉄雄役は松下優也。朗々とした歌声が感動と笑いを同時に与えてくれるとは! 閉鎖病棟の患者のひとりでミステリアスな空気をまとうミキを演じる昆夏美は、繊細かつ力強い表現で作品を支える。松尾自らが監督した映画版からの続投で厳格なナース江口を務めるりょうは、映画とはまた違う味わい。パンチがありながら、人情も覗かせる。ナース山岸を演じる桜井玲香は役のキャラクター同様、一服の清涼剤のよう。涼やかな歌声が心地良い。
近藤公園が演じる明日香の元夫のシーンは切なく、明日香の悲しい背景が見えてくる。明日香と同じくODが原因で入院している栗田を演じる笠松はるのシリアスな表現と迫力あるソプラノによって作品に厚みが出る。大人計画の池津祥子と宍戸美和公が演じる個性的な患者が登場すると、松尾作品ならではの空気が濃くなって和むのも一興だ。
ほか、松尾作品に出演経験のある俳優たち、数々のミュージカル作品で活躍する俳優たち、松尾が講師主任を務める「コクーン アクターズ スタジオ」の第一期生たちも一丸となって、さまざまなシーンや背景を作り上げる。
卓越した俳優陣が揃う中、特筆すべきは元AV女優の西野を演じる秋山菜津子と、ぽっちゃり専門デリヘル嬢の久米を演じる皆川猿時。松尾が描く理想を体現する秋山と皆川は本作品の芯を支えながら要所要所で遊びも担い、大活躍。歌も演技も表現豊かで秀逸、もう見事としか言いようがない。
音楽を担う宮川彬良の力も実に大きい。ほぼすべて書き下ろしの新作ミュージカルなのにジュークボックスミュージカルを観ているかのように自然と身体が動く高揚感のある楽曲ばかりなのは、さすがである。活躍の場は違えども、ミュージカルを愛し、音楽の力を信じている松尾と宮川の想いが結実、重い作品テーマが音楽によって昇華し、観客の心にすっと滑り込む。ミュージシャンたちによる熱い生演奏もその一翼を担う。ユーモアがあり楽しい気持ちにさせるスズキ拓朗の振付をはじめ、大勢の舞台スタッフの力技によって、松尾の脳内にあるものが実際に立ち上がった、という印象も強い。
スタッフ・キャスト全員で『クワイエットルームにようこそ』という作品に集中した結果を目の当たりにして、あらためて、原作である小説の力を感じざるを得ない。映画のみならず、ミュージカルとしても成立するとは!
観終わって劇場を後にし、帰路につく雑踏の中、脳内に数々のメロディが流れる。あの舞台の上に、あの作品の中に、「あなた」が居て、そして「私」も居たのだ。人の痛みや苦しみを鋭く描きながら、笑いを容赦なく差し込み、根底に優しさを感じる本作。さまざまな事情を抱えて懸命に生きている人たちに寄り添うかのような、肩にそっと触れてもらったような、癒しに似た感覚を覚えた。





文:金田明子
撮影:細野晋司
