現実と虚構の狭間を生きる、孤独な魂たち。
観客の心を揺さぶる、ミステリアスなラブストーリー。
蜷川幸雄に書下ろした伝説の戯曲を岩松了自身の演出で上演決定!!
2004年、Bunkamura15周年記念企画「シブヤから遠く離れて」は、演劇界内外から熱い注目を浴びました。豪華キャストの集結も話題になりましたが、なによりも、岩松了が蜷川幸雄に初めて書下ろした戯曲であります。説明的なせりふを排し、物語の核を隠しながらも、リアルな感情を生々しく描き出す作家・岩松了。シェイクスピア作品やギリシャ悲劇に、現代性という血をエネルギッシュに注ぐ演出家・蜷川幸雄。ともに、現在の演劇シーンを牽引する存在でありながら、当時はこの2人が組むことを誰も想像しておらず、その共同作業の行方に話題が集まりました。
蜷川幸雄たっての希望で実現した企画であり、岩松の戯曲の魅力を、このように表しています。
「登場人物がごく日常的な営みを行っているように見せながら、実際はすごい勢いでその感情をチリチリと震わせている。それはさながら偏執的なまでに描きこんだ細密画のように静かな狂気を放っています。(中略)彼の世界の描き方のある繊細さと角度の違いに演劇的魅力を感じます。岩松さんの才能に出会えたことに感謝しています。よかった、世界が違って見える作品に巡り合えて。」(当時の公演プログラムより抜粋)
そのタイトルから、濃厚な社会派の匂いを漂わせつつも、本作はそれだけではない、人間の多面性を繊細に描き出した、青春譚であり、ラブストーリーです。
暗い記憶の狭間を浮遊する青年ナオヤと、全てから逃れようとする不思議な女マリーとの静かな、しかし力強い愛は「椿姫」をモチーフに描かれ、その切なさは観客の心を揺さぶります。ナオヤを廃墟にいざなう少年・ケンイチが纏うほの暗い青春の香り。さざ波をたてるように登場する少女トシミ。マリーに熱烈な想いをぶつけるアオヤギの放つ狂気と、彼らを追い詰めるフナキの独特のユーモア。どこか破滅の匂いをさせる登場人物たちの陰影ある魅力で、簡単に清算できない各々の過去が鮮烈に浮かび上がります。04年の上演では蜷川の視覚的なアプローチが功を奏し、“自身が得意とする領域に劇世界を引き寄せた”として高い評価を得た上演となりました。
そして、初演から12年経ったいま-、満を持して岩松本人が演出を手掛ける!
シアターコクーンで岩松了自ら新作書き下ろし、演出を手掛けたのは、任侠道に生きる男たちの心の揺らぎを描いた『シダの群れ』(10、12、13)シリーズ。立ちこめる戦争の気配を背景に、大人になりきれない青年と娼婦の恋の始まりを追った『ジュリエット通り』(14)。そして、戦場から帰還した青年の家族への想いと、戦争の残酷さの狭間で揺れる日々を繊細に描き、戦争の意味を静かに鋭く迫った『青い瞳』(15)と、多種多様な作品群です。全てを言語化せず、観客の想像力に委ねながら、いつの間にか現実と虚構の狭間に誘う…。多くの俳優、そしてクリエイターたちをも虜にする“独特の色気”と強固な世界観。初演からのこの12年間は、ひんやりとした手触りを想像させながら、青い炎が揺らめく岩松ワールドが、コクーンという空間に確かに息づいた年月だったと言えます。そして、2016年秋―――。当劇場の芸術監督蜷川幸雄から依頼され書き下ろした「シブヤから遠く離れて」を、満を持して自ら手掛けることとなりました!
今最も注目を集める若手俳優 村上虹郎がシアターコクーン初登場!
小泉今日子が再演を熱望した作品に魅力的なキャストが結集
注目の出演陣は-!物語の鍵を握る青年<ナオヤ>には、初舞台「書を捨てよ町に出よう」(15年)でその異彩を放つ存在感が話題を呼んだ村上虹郎が挑みます!そして、蜷川と岩松に出演を熱望され初演でマリーを演じた小泉今日子の続投が決定!!母性と少女性、大らかな包容力と淋しげな立ち姿…。謎めいた女性に豊かな陰影を与えた小泉が、待望の岩松版<マリー>を演じます。異なる演出家により、再びの挑戦という難業は、岩松と小泉の篤い信頼関係があってこそ。もう一人のマリーの誕生に、熱い注目が集まります。マリーに恋する<アオヤギ>は、愛されるチャーミングな役から悪役まで、卓越した表現力で観客を魅了する橋本じゅんが念願の岩松組初参加。そしてアオヤギの同僚<フナキ>には、繊細さと大胆さを併せ持つ貴重な存在豊原功補、幅広い役どころを自在に魅せる文学座のベテランたかお鷹が<アオヤギの父>を演じます。また、若手注目株の鈴木勝大と今回が初舞台となる南乃彩希のフレッシュなコンビがナオヤの友人<ケンイチ>とアオヤギの妹<トシミ>に挑戦するほか、関西を拠点に活躍する高橋映美子がアパートの管理人<フクダ>を、岩松を含めた<黒い服の男3人組>に、個性派俳優駒木根隆介、若手成長株小林竜樹を配し、いままさに、多面的な岩松ワールドを体現するのに相応しい強力な布陣が顔を揃えました。
刺激的なキャストの魅力が注ぎ込まれ、新たに花開く、伝説の作品…。ぜひご期待ください!!
渋谷南平台あたりの住宅地の一角に、ボストンバックをひとつ提げた青年ナオヤがどこからか姿を現す。やってきたのは、かつて遊んだ友達ケンイチの家だ。しかし、そこは真っ黒にひからびたひまわりに覆われすっかり廃墟と化していた。人が住むには荒れすぎてしまっていたが、ふと目を凝らすとケンイチの姿が。黙ってここから引っ越してしまったのを気にしてナオヤを待っていたという。その日はケンイチの誕生日。そのことを失念していたナオヤは慌てて誕生日のプレゼントを買いに行く。
戻ってみると、ケンイチの姿はなく、代わりにウェルテルという名の小鳥を飼う女・マリーがいた。マリーはワケありの様子で、この屋敷に隠れているらしい。彼女が使っている部屋にナオヤはなつかしさを覚える。そこはかつてケンイチのお母さんの部屋で、壁にはあの頃と同じ鳥の絵が描かれていた。滅びに向かってゆっくりと変化しているこの屋敷の中でナオヤは過去をなつかしむ。ケンイチと渋谷の街を庭のように走り回った。この家にもよく遊びに来た。ケンイチのお母さんがとても優しかった。そして、ゼラニウムの華の赤さ…。
過去の記憶の洪水に襲われるナオヤにおかまいなしで、たくさんの人々が屋敷を訪れる。マリーを愛するアオヤギ、マリーがこの屋敷に来る前に住んでいたアパートの雇われ管理人フクダ、アオヤギの会社の同僚フナキ、アオヤギを田舎から心配して追ってきた父と妹トシミ。マリーの安息の地はこの屋敷の中だけだったのに、もはやそれすらも破られはじめていた。
彼らはここがケンイチの家だということを知らない。ケンイチはどこへ行ってしまったのか。
混乱する意識の中で、ナオヤが封印していた哀しい真実が蘇ってくる。
今回あらためて台本を読んで思ったのは、やっぱりこれは蜷川さんに演出してもらおうと思って書いたんだな、と。俺、演出できるのかな?ってちょっと不安になりました(笑)。どこかで、蜷川さんならこんなふうに演出するんじゃないか…というイメージを加味して書いているんですね。自分自身にはつかみきれないものを、意図的に書いている感覚。そういう意味では、すでに何かによって筆が操られている。これは頑張らなきゃイカンな、と思っているところです。
マリー役は12年前と同じく、小泉今日子さんです。これはキョンキョンの舞台と言っていい、そんな気が僕はしているんですね。マリーという役は、言ってみればいくつであってもいいわけです。たとえば12年前は二宮和也くんがナオヤという相手役だったんですけど、二宮くんはもう、あの役はできない。二十歳前後で、大人になろうか、なるまいか…という年齢の子をキョンキョンが通過させていく、そういう作品構造になっている気がするので。あの時の彼女は30代でしたが、今50歳になったキョンキョンが作品の全体像をどんな色に変えていくのか、すごく興味があります。
ナオヤ役の村上虹郎くんは、素人っぽい、手あかのついていない感じが、僕にとっては非常に新鮮でした。彼は役者として歩き出したばかりで、これからどんどん伸びていくのだろうと思います。そのエネルギーを目の当たりにすることを、僕自身の起爆剤にして、演出に挑みたいと思っています。
コテコテの具象でもなく、まるっきりの抽象でもない。そんな混然としたものが渦巻いている世界観であり、それはすなわち今、現在を描くことにふさわしい作品であると感じています。12年前とはきっと違うものが立ち上がると思いますけど、あの時も現在だったし、今回も現在に違いない。もし10年先にまたこの作品を上演したとしても、やはりその現在を映すのだろうと思います。
小泉今日子さんとの共演は、良い意味で怖いなと感じています。でも実は、僕のことを子どもの頃から知ってくださっている方なので、安心感もあります。岩松さんは、面白くて、まさに“芝居の世界の人”というイメージ。岩松さんのもとで芝居をする集団に混ざれることにワクワクしています。
二度目の舞台出演ですが、いつも初挑戦の気持ちでいます。まだまだ“初めてに驚く”ことを繰り返していたい。その“わかってなさ”がいつまで続くのか。ずっとガキであり続けるのか、大人になるのか、自分でもわからない。今はどっちでもいいな、と思っています。
このお話に出てくるのは、すぐにも消えてしまいそうな、その一時だけの、一過性の儚い魅力を持った若者たち。そして、年齢を重ねてすべてを知ってしまった、その葛藤を抱える大人たち。ナオヤとマリーが出会った瞬間に、二人の心に何かが生まれ、一瞬同じ方向を向く。そのドラマチックさが、たまらなく素敵に思えてしまう。12年前に蜷川さんが演出した作品を、今度は岩松さんの手で、村上虹郎さんを始めとする新しい、魅力あふれるキャストの方々とともに作り上げます。そこで起こる化学反応を心から楽しみにしています。