私のBunkamura文学賞

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特別版

『永遠のおでかけ』益田ミリ 毎日新聞出版

ブックショップ ナディッフモダン 飯塚 芽

『永遠のおでかけ』益田ミリ 毎日新聞出版

今年、私の父は77歳になります。
このところ父は、ついさっきまで話していた人の名前を忘れたり、方角が分からなくなってきたりし始めていました。
娘の私も歳を重ね、父のこれからを思いながら自然とこの本を読み返していました。
こうしていつか父や母と別れる日がくるのだろう。
つい先日も、父と梅を見に散歩に出掛け、洋食屋さんでエビフライを食べたり、美味しいコーヒーを味わう時間を共に過ごしたものでした。
この本では、ミリさんはそんな私とは違って、もしかしたらこれが最後の食事になるかもしれないとお父さまとの日々を1つ1つかみしめながら、その最期の日を迎えることになるまでが記されています。
私はそんなミリさんとお父さまのエピソードを読んでいたら、父や母と過ごした幼少期の日々が映画のワンシーンのようにフラッシュバックしてきました。
父が車で、私の好きな曲の入ったカセットテープをかけながら、いろいろなところに連れていってくれたこと、母がいつも作ってくれた私の好物や、公園に出掛けていってシロツメクサの冠を編んでくれたこと・・ミリさんの文章で季節やその時の空気感まで思い出します。
何気ない日常の中にある1場面1場面の積み重ねが今の私へと続いていることもミリさんの本で気づかされました。
ミリさんが描く食への豊かな記憶も人生の豊かな記憶につながってくるのだなぁとあらためて感じました。
私は結婚して家をでましたが、実家に帰ればいつでも「娘」は娘で幸せを感じつつ、この本ではそんな両親とのかけがえのない時間もいつまでなのか考えさせられ、胸がギュッとします。
私はいつか父の死と対峙できるのだろうか・・今もその決心はつかないままだが、生きている間に父と、そして母とよりたくさんの思い出をつくろうと思いました。
なぜならたとえ大切な人がこの世からいなくなってみえなくなってしまったとしても、確かにここに存在したということ、そして大切な思い出はやがて記憶となって、私や誰かの心の中にあって消えることはないはずだからです。そして、その記憶になったときに新たな時間軸で感じたり、考えたりする“人”についても深く考えさせられた御本でした。

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