私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.70

『「できなさ」からはじまる倫理学』野崎泰伸 大月書店

夜逃げ書房 佐藤有美

『「できなさ」からはじまる倫理学』の書影
『「できなさ」からはじまる倫理学』野崎泰伸 大月書店

身体・精神にかかわらず、障害はない方がいいものと思っていた。
でもその考え方は、現に障害を持って、存在している人の一部を否定することに繋がってしまうのかもしれない。私は本書を読んで、横っ面を叩かれたような衝撃を受けた。

著者には先天的に身体障害があり、さらに二次障害によって障害の程度が重くなった。
二次障害を持つに至ったことを、著者は「二次障害を得た」という書き方をしている。
「得る」という書き方を最初に見たときに、そのポジティブにも見える書きぶりに違和感を持った。障害は大変なもの、つらいものだから、ない方がいいものじゃないか。なぜ「ギフト」のような書き方をするのだろう、と。
著者は言う。移動が車椅子になったことで、景色がゆっくり見られるようになった。障害を得なかったら経験することのなかった様々なことがある、と。 その文章を読んで、障害が悪いものといったような、偏った見方をしていたと気付かされた。

本書は身体障害を持つ著者が「他者と共に豊かに生きる」とはどういうことか、哲学的に思索を深めていく本だ。能力も特性も考え方も、みな違う。自分とは異なる他者と共に生きることは、ときには対立し、ぶつかりあっていくことでもある。人間が、自分とは異質な他者と共に幸福に生きるにはどうしたらいいのか。
根源的なテーマを、障害という切り口から深く掘り下げている。

本書を読めば、凝り固まってしまった思考を解きほぐして、新しい視点をもらえるだろう。視野が広がるということは、自分になかった選択肢を知るということだ。選択肢を得ることは可能性を持つこと。可能性とは希望だ。そう言う意味で本書は希望の書だと思う。

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