私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.46

『これから詩を読み、書くひとのための詩の教室』松下育男 思潮社

紀伊國屋書店新宿本店 梅﨑実奈

『これから詩を読み、書くひとのための詩の教室』松下育男 思潮社

タイトルを見て、「あ、自分には関係ないやつだ」と思ったならば、ちょっと待って欲しい。なかには詩を読むひとはいくらか、いるかもしれない。けれど、詩を書くひとは、世の中にあまりいない。だから自分には関係ない、そう思う人は多いと思う。でもこれは、詩を書いている人でなくても勿論読んでいい本で、読んでいいどころかむしろ心が揺さぶられるかもしれない魔法のような本なのだ。

松下育男さんは長年会社に勤めながら詩を書いてきた。でもずっと書き続けてきたわけじゃなくて、書いたり書かなかったり、詩から逃げている時間もあった。理由は実生活があったから。会社や人付き合いが大変で、生活に心が押し潰されそうなときがあったから。片手間に詩を書くことなんてできなかったと、松下さんは言う。

これはすごくわかる。詩作じゃなくても、何か本を読んだ感想なんかをメモしようとしても、頭が働かないときがある。それ以前に生活が大変で本さえ読めないときもある。つまり生活と「文学」が乖離してしまって、苦しい状態。松下さんはこれを体験しているから、苦しんでいる人たちに寄り添って、まず「詩作の方法」よりも「詩を書きたい自分との向き合い方」や「詩とともに生きる生活」についてゆっくりと話してくれる。これは文学や詩的なものから離れてしまうと心がつらくなってしまう人たちが読むと、グサッとくる。グサッと刺さってそして、涙が出そうになるほどやさしい言葉に、心を落ち着かされる。

書きたいけれど書けない、読みたいけれど読めない、「文学」や「詩的なるもの」とともに生きてゆきたいけれどうまくゆかない。それでも文学と生活両方を歩んでゆきたいという願いを持つ人のための、とてつもなくやさしい教室。それがこの本の真髄なのである。

仕事に追われて日々もやつきながらも、いつも文学とともにありたい自分の〈Bunkamuraドゥマゴ文学賞〉は、この本以外には考えられない。

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