私のBunkamura文学賞

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No.45

『N/A』年森瑛 文藝春秋

twililight 熊谷充紘

『N/A』年森瑛 文藝春秋

高校2年生の松井まどかは生理が来ることを嫌い、40キロを超えない体重を維持していたらいつしか「拒食症の女の子」として見られるようになり、女子大生のうみちゃんとお試しで付き合ってみれば「LGBTの人」になる。その属性のために投げかけられる言葉は、配慮を重ねたマニュアル化したもので、まどかには届かない。
まどかが求めているのは「かけがえのない他人」だった。まどかのことを、ただのまどかとして見てくれる、何かしらの「属性の枠組み」から自由な人間関係。

それもこれも、どこか「ごっこ」にも見えた。傷つけないように、傷つかないようにするための。
この社会で生きていくためには多かれ少なかれ、誰もが「ごっこ」をしているだろう。それを空虚だとは思わない。その場の空気を乱したくない、困っているなら助けたい。他人のことなんて簡単に理解できないし、自分も簡単に理解されたくない。その配慮、優しさは本心だと思う。

でも、いつからか、自分の本心とは何なのか、わからなくなってくる。その場、その場で最適だと思われる振る舞いをしているけれど、では、本当のわたしはどこにいるのか。
それはきっと、他者と「ごっこ」を超えて向き合った時に現れる。
まどかが、友人のオジロのためだけに生まれた言葉を獲得する困難さに直面した時のように。
その時初めて、何かしらの属性の枠組みから外れた、何者でもないわたしが現れる。その時初めて、世界は途方に暮れるような自由な姿を見せる。

『N/A』は、『あけおめ いま親戚の家 やんわり地獄みがある』『あけおめ それな』『帰りたい』といったスマホでの生き生きとしたやりとりなども含めて、現在のコミュニケーションとわたしの在り処をアップデートした現代文学の傑作だ。
ここに謹んで、「私のBunkamuraドゥマゴ文学賞」を贈ります。

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