私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.4

『あちらにいる鬼』 井上荒野 朝日新聞出版

代官山 蔦屋書店
 間室道子(文学コンシェルジュ)

『あちらにいる鬼』 井上荒野 朝日新聞出版

父親の不倫を男性作家は書かないだろう。生々しすぎるし、同性として照れる、あるいは“わかってしまう”ところがあるからだ。本書は娘・井上荒野による父・井上光晴と瀬戸内寂聴(当時 瀬戸内晴美)の不倫の「モデル小説」で、女性が男親を見る容赦のない、そして思慕がにじんだ目で書かれていく。出会ったその日のうちに、これは深い仲になる、と「長内みはる」と「白木篤郎」とともに、読者も直感する。なぜなら彼らは作家同士だからだ。男女の仲が、小説家の業をぶつけあう関係になっていくのがスリリングかついたましい。これは離れられないだろうと心底思えてくるのである。このふたりに白木の妻である「笙子」がからむ。夫と妻、夫と愛人だけでなく、妻と愛人が共犯関係のようになるシーンもあり、愛の複雑さにたじろぐ。「鬼」とは誰か、誰から見て誰が「鬼」なのか。帯の推薦文が瀬戸内先生で、もう参りましたとしか言えない。

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