私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.33

『美しいってなんだろう?』矢萩多聞/つた 世界思想社

今野書店 花本 武

『美しいってなんだろう?』矢萩多聞/つた 世界思想社

 何を「美しい」とおもうかは人それぞれなんだけど、どうしたって本当に強く「美しい」と感動させた存在は絶対的に美しいのではないか、と錯覚してしまう。自分が感じた圧倒的な美しさを他人に伝えるのはけっこう骨がおれる。古い記憶と結びついた極めて個人的な事情が醸す美しさなんかを言葉で再現するのは至難の業だろう。
 だからそういう大変なことを普通はやろうとしないし、やらせるのも憚られる。ましてや、そういうテーマで一冊の本をつくろう、とはなかなかならない。
 ここに挑戦者がいる。ブックデザイナーの矢萩多聞さんとその娘、つたさんだ。『美しいってなんだろう?』というド直球、私の顔面に直撃した本のタイトル。
 佇まいが独特で普通の本よりも縦の長さを抑えて、正方形に近い。ザラリとした砂っぽい紙質。恐らくこどもの手形であろう、青くベタっと捺されている。そこに絶妙な位置で配された目のたま。
 この本は生きている、生き物だ、この本。と直感させる。
 多聞さんは、記憶と経験を行ったり来たりさせながら、美しさについてグルグルグルグルと思いを巡らす。読者はその混沌に身を委ねてると、なんだか懐かしいような自分自身の記憶と経験が入り混じるような感覚を覚える。そこになぜか一抹の無常観が漂う。(その理由は最後まで読むと判明する)
 章ごとにつたさんは多聞さんのグルグルを受け取り、返球する。ときに力強く、ときに頼りなく、何者かが確実に受け取ることを祈るような、ふるえた文章。そこには「書く」ことと「考える」ことのワンダーが立ち上がる。つたさんは無意識にとても遠くまで届く球を投げている。
 美しいってなんだろう?
 その問いかけそのものを丁寧に磨きあげる一冊である。

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