私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.30

『頁をめくる音で息をする』藤井基二 本の雑誌社

本屋を旅するBOOKSHOP TRAVELLER 和氣正幸

『頁をめくる音で息をする』藤井基二 本の雑誌社

 尾道には二度行ったことがある。一度目でゲストハウス「あなごのねどこ」の居心地の良さと、その奥にある本屋「紙片」と古本屋「弐拾dB」の物語性に触れ、惚れた。二度目の訪問ではその物語の底に流れる繊細さを知り、ぶつかり自分との差異を思い知った。三度目はどう感じるだろう。早くまた訪ねたい。

 本書はそんな独特な魅力あふれる街・尾道にある古本屋、弐拾dBの店主・藤井基ニさんが書いたものだ。中原中也の研究者を目指すが挫折し、かといって就職もできず、色々あって深夜の古本屋を開くようになった藤井さんによるエッセイ集である。過去のこと、そして店を続けていく日常の中で感じたことが描かれている。

 僕は就職してから独立して生きていくためにある種の強い気持ちを保ち続けるようにしていた。結果、こうして文章と引き換えに幾許かのお金をいただけるようにもなったが、その過程でもしかしたら捨ててしまったかもしれないものがあったのだと思っている。本書を読んでいると、いまでもまだ心にこびりついている柔らかい何かを刺激される気がする。仕事帰りで疲れているのにそっと頁を手繰りたくなる。捨てたはずの脆さを拾い集めるような読書体験だった。

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