私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.29

『動物たちの家』奥山淳志 みすず書房

Cat's Meow Books 安村正也

『動物たちの家』奥山淳志 みすず書房

当店で一番の人気ものだった看板猫が亡くなったとき、この心の痛みが癒えることを願うのではなく、一生哀しいままでいようと決めた。想い出を辿っても泣けなくなったら、その存在が完全に消えてしまうような気がしたからだ。猫、犬、鳥、金魚、爬虫類など、人生で一度もニンゲン以外の生きものと暮らしたことのない人は少ないのではないか。しかし、その死に際して(特に大人になる前は)、初めて家に迎え入れる前後に抱いたプラスの感情と、熱量に差はなかっただろうか。写真家である著者が、かつて一緒に過ごした生きものたちの灯す光に照らされた、甘美だけれどもある意味残酷な“場所”を覗き込んで綴ったこの随筆を読むことは、各人の生きもの体験の記憶を呼び起こし、いまの自分が生命にどう向き合えているかを問う行為でもある。各話にはタイトルもなく、どこまでも潔い文章で紡がれた300ページ余りの本作は、動物文学の最高峰に達しているように思える。そして、書名の意味を反芻するとき、当店は今いる看板猫たちの“家”になれているのだろうかと考えてしまう。

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