私のBunkamura文学賞

推薦書籍

No.26

『うろん紀行』わかしょ文庫 代わりに読む人

SUNNY BOY BOOKS 高橋和也

『うろん紀行』わかしょ文庫 代わりに読む人

 “文学”とは何だろうか。自分のなかに明確な答えがないことに気づき、辞書を引くと「言語表現による芸術作品」(大辞林第四版)とでてくる。なるほどとは思うものの、具体的にはよくわからない。でも、このよくわからないものを掴みたくて今までたくさんの言葉が書かれ、また読まれてきただろうことは容易に想像がつく。掴めないもの、だからこそ作家たちはイメージを繋いで豊かな世界を作り上げてきた。
 本書はわかしょ文庫という書き手が、小説を手になんとなく関係がありそうな場所へ赴き感じたことを気ままに綴った〈小説を読む物語〉である。本の足跡を辿りながら独特のユーモアで現実を“読んで”いく。気づけばそこには、新しい物語が立ち現れているように感じるだろう。
 著者にとって書くことがいかに身近で、信頼できるものなのかがうかがえる一節がある。

「虚無に飲み込まれようとする祖父のかわりに、わたしが言葉を尽くしてあげたい。まるで輸血みたいに、わたしの言葉を祖父の身体に注ぎ込みたい。」

 年老いて日に日に思考や記憶が抜け落ちていく祖父に、言葉を与えたら生き直せるのではないかという現実離れした思考が、その切実さを伝えていて胸が熱くなる。しかし現実は酷だろう。過ぎていく時間には敵わない。そんなことは分かっている。それでも言葉を持ってあり得たかもしれない世界に手を伸ばそうとした行為は尊い。そしてそれはある意味とても文学的なことに思えてならない。
 著者は小説を読むことで想像力を手にし、書くことで「わかしょ文庫」という生を確かめる。読むことと書くことは表裏一体、その根底に流れる“生きること”への強い渇望を何食わぬ顔で読者に差し出す。と、真面目に書いて本当にそうだろうか、とも思い至る。なぜなら本書のタイトルは『うろん紀行』である。あーだ、こーだと決めにかかる読み手をさっとかわして本の世界を自由に彷徨い続けていく。どこまでもありのまま、書き続けていってほしい。最後はただそれだけになる。

 一覧に戻る