第90回

指揮者:アラン・ブリバエフ

2015年10月、首席客演指揮者を務める日本センチュリー交響楽団と広島交響楽団を指揮するために来日したアラン・ブリバエフさんに、インタビューすることができた。

―ブリバエフさんはカザフスタン出身とききましたが、カザフスタンの音楽教育はどうですか?
「カザフスタンは文化的なレベルが高く、人々は音楽を愛し、3つのオペラハウス、8つのオーケストラ、そして1つのオペレッタハウスを持っています。音楽教育は、レベルが高く、子供は、音感やテクニックが証明されれば、7歳から音楽院に入って、無料で専門教育を受けることができるのです。私もそうやって音楽院で勉強しました。

 私の曽祖父は、カザフスタンでとても有名な作曲家でした。アフメット・ジュバノフといいます。7月の日本センチュリー交響楽団の定期演奏会で、私は、彼のオペラ『アバイ』からの民族舞曲を日本初演します。『アバイ』は1944年に書かれ、今ではカザフスタンの国民的なオペラとなっています。私は、いままでにこのオペラをマイニンゲン歌劇場、パリのシャンゼリゼ劇場、カザフスタンのアスタナ歌劇場で指揮しました。曽祖父は国立音楽院の初代院長も務めました。

 曽祖父の娘で私の大叔母にあたるガジザ・ジュバノワも作曲家でした。4つのオペラ、4つのバレエ、3つの交響曲などを書いています。1966年にはバレエ『広島』を作曲し、私はこのたびその楽譜を広島交響楽団に進呈しました。彼女は1993年に亡くなりました。

 私の父はチェロ奏者で指揮者でもありました。今は国立歌劇場の総裁を務めています。母はピアニストで音楽院で教えてもいます。弟も指揮者です。そういう家族だったので私も音楽家にならないわけにはいきませんでした(笑)」

―ブリバエフさんはどのような音楽教育を受けられましたか?
「7歳から18歳までヴァイオリンを学びましたが、13歳のときに指揮者に興味を持つようになりました。カザフスタンではどんな楽器を学ぶ人でも必ずピアノをやらなければなりません。私もピアノは弾けますよ(笑)」

―その後、ウィーンに留学されたのですね。
「ドイツ=オーストリアの交響曲レパートリーの中心であるモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどの演奏で、ウィーンの伝統を学びたいと思っていましたので。でも既にカザフスタンでは指揮をしていました。1999年にクロアチアのザグレブでひらかれたマタチッチ国際指揮者コンクールで優勝してから、ウィーン音楽大学に入りました。スワロフスキー門下のラヨヴィッチ先生に師事し、その深い分析に影響を受けました。ウィーン留学時代は毎日国立歌劇場の立見席に通いました。凄い指揮者や歌手がいた時代です」

―そしてプロの指揮者としての活躍が始まるわけですね。
「そのあと、ドイツのマイニンゲン歌劇場の音楽総監督とカザフスタンのアスタナ交響楽団の首席指揮者になりました。その後、ノールショピング交響楽団やブラバント交響楽団のシェフを務めました。現在、アイルランドの国立オーケストラであるRTE交響楽団の首席指揮者になって6シーズン目、日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者になって2シーズン目です。今は、新しくできたアスタナ・オペラの首席指揮者もしています。オーケストラも合唱もとても高いレベルです。それで最初の作品として『アバイ』を取り上げました」

―今回のN響オーチャード定期ではラフマニノフの交響曲第2番を取り上げられますね。
「ラフマニノフはたくさん手掛けています。交響的舞曲はハンブルクの北ドイツ放送交響楽団と、交響曲第1番はサンクトペテルブルグ・フィルと、交響曲3番はオスロ・フィルと演奏しました。交響曲第2番はロンドン・フィル、RTE響などいろいろなオーケストラで振っています。

 交響曲第2番は『暗から明へ』というベートーヴェン的なコンセプトで書かれています。とても暗い第1楽章や『怒りの日』を使った第2楽章を越えて、第4楽章では明るく大きなフィナーレが描かれます。それは、フロイト派のダール医師に出会って鬱病を克服して名作を書くことのできた彼の人生を反映しています。交響曲第2番はラフマニノフにとってある意味私的な作品だといえます。

 また、第3楽章はエンドレスの美です。まさにメロディの王国です。いつも歌にあふれています。交響曲第2番は、リズムと長いメロディのバランスが本当に素晴らしいですね」

―初めてこの交響曲を聴く人はどのように聴けばよいのでしょうか?
「大きな絵として聴いてください。美術館に行って、ブリューゲルの絵で、森に細かいディテールを見るように。また、ポロックの絵は、いっぱいモチーフがありますが、一つの大きな印象が与えらえます。僕はポロックの作品もエモーショナルだと思っています。そういう感情のほとばしりがラフマニノフではとても重要です。大きな情感が聴衆を圧倒するのです。

 そしてラフマニノフが素晴らしいのはクライマックスがあること。ラフマニノフは『クライマックスはガラスが破裂したようでなければならない』と言っています。交響曲第2番は、長くゆっくりと高揚していきますが、遂に大きな爆発が訪れます。その瞬間がとても強力です。そのあと少し室内楽的なところもある。

 また、心が慰められるような美しい第3楽章には、イングリッシュホルンが泣くような旋律を吹くところがあります。私にはそこが孤独な子供が泣いているように聞こえます。赤ん坊ではなく、子供の泣いているようなこの瞬間はとてもマーラーに似ていると思います。

 100年前、ラフマニノフは大ピアニストだったけれど、誰も大作曲家だと思っていませんでした。しかし、彼は偉大な交響曲の作曲家でした。交響曲第2番は、ロシア最高の交響曲の一つだと思います。何度も演奏する価値のある作品。名誉あるNHK交響楽団とオーチャードホールで演奏できるのがとても楽しみです」

―前半には、アレクサンダー・ガブリリュクとチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を共演されますね。
「サーシャ(注:ガブリリュクの愛称)とは何回も共演しています。初めて共演したのは、ノールショピング交響楽団とのウィーン・ツアーのときでした。ウィーン楽友協会大ホールでプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を演奏することになっていましたが、予定されていたピアニストがキャンセルになり、急遽、代役を探さなければならなくなりました。しかし、プロコフィエフの第2番は、誰もが弾くレパートリーではありませんし、また、若者のための演奏会だったので25歳以下のソリストでなければなりませんでした。そこでサーシャが見つかったのです。彼は素晴らしい演奏をしてくれました。それで急速に彼と仲良くなりました。最近では、モスクワでラフマニノフのピアノ協奏曲第1番を共演しました。そして今回のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番も楽しみです。

 彼はすごく良い人で、私は彼のことが大好きです。音楽家としては、トップ・プロフェッショナル。とても音楽的で情感豊かで、素晴らしいピアニスト。音色が豊かで、美しいピアニッシモを持っています」

―NHK交響楽団とは初共演ですね。
「私はN響との初共演をとても喜んでいます。N響を指揮するのは名誉なこと。まだ録音でしか知りませんが、素晴らしいオーケストラです。オーチャードホールで指揮するのも初めてで、楽しみにしています」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)