今回の楽員インタビューは、1991年から首席オーボエ奏者の重責を担う茂木大輔(もぎ だいすけ)さん。今や、「N響の顔」として、すっかりお馴染みですが、「一回しかない人生の大半を、N響で過ごせたことは本当に幸運だった」と語ります。四半世紀もの間、トップランナーとして活躍してこられた、今の心境からお伺いしました。

「やっと、楽しくなってきた。そんな感じです。かつて、先輩に、“N響は石の上にも10年”と言われましたが…全てのポジションの奏者が名手揃いで、全てのコンサートがどれも重要で、一人一人が練習初日にはしっかりと準備してきます。そこに、世界的なマエストロが次々とやってきて…このような素晴らしいメンバーと指揮者、この二つを満たすオーケストラは、それほど多くはありません。さらに、全ての定期演奏会が、テレビやラジオで放送される緊張感、このような甘えの許されない厳しい環境のお蔭で、真面目に、流されない様に、一生懸命練習してきました。世代交代も進んで、気が付いたら、自分が(セクションで)一番年長になっていましたが…ここにきて、本当に合奏することが楽しくなりました。オーケストラの中で演奏することの素晴らしさを実感しています。」

茂木さんは、指揮もされていますが、そのことが、オーケストラで演奏することに何か影響はありますか。

「指揮をするようになって、スコア(総譜)の読み方が全く変わりました。それまでは、自分のパート譜を補足するためにスコアを見ていたんですね。オーボエ以外に、どの楽器が演奏しているのか、出る順番はどうなっているのか、メロディーは誰なのかなど。
 ところが、指揮者としてスコアを読むときは、全部の楽器の音を読んで、ピアノで弾いて(「スコアリーディング」という技術)和声等も確認します。そうやって指揮をしていると、強弱記号、旋律と和声との関係等を通じて、全体の中でのオーボエに作曲家が求めている役割、表情などが以前よりもはるかに良く理解できるようになったんですね。その上で、世界最高水準のオーケストラの中で、そうした作曲家の意図を自分のオーボエの音で実感できるということは、今、とても楽しいです。指揮者は、音は出せませんからね(笑)。」

指揮の勉強は、どのようにして始めたのですか。

「初めは、岩城宏之先生に手紙を出しました。先生は、先日亡くなられたピアニストの中村紘子さんもそうですが、音楽家で執筆もする“本を出す仲間”だったのです。新しい本ができると、よくお持ちしていました。すると、翌日、岩城先生から“仕返し”だと言って10冊くらい本が送られてくる。その中に、山本直純さんも出てくる『森のうた』という著作があるのですが、庶民的な視点で描かれているので、情熱さえあれば誰でも指揮者になれるような錯覚がして。岩城先生には、金沢まで鞄持ちで付いて行ったりしましたが、1年ほどで、「N響と両方はムリ、どっちを選ぶ?」と聞かれて、迷っていたらすぐにクビになりました(笑)。
 その次は、外山雄三先生。楽譜(スコア)をじっくり読むことを教えていただきました。向かい合って座って、「本みたいに、ゆっくり」読んでいくレッスンでした。

そして、広上淳一さんですね。

「広上先生がN響定期でハイドン作曲『天地創造』を指揮してくださり、是非、教わりたいと思いました。まだ、自分は結構指揮ができると勘違いしていた頃です。先ずは、教室に来てみたらと言われて、『のだめ』コンサートなどで何度か振っていたベートーヴェンの7番を、6人の先生方を前に、4人のピアニストを指揮しました。それが、初めて批判されるために振った機会でした。緊張して、何もできなかった記憶があります。それまでは、何の客観性もなく、独りよがりでやっていたのですね。
 そこで、一からやり直しです。ちょうど、その頃、東京音楽大学に聴講制度ができたので、そこに加えてもらいました。3年間、実技レッスンはじめ、和声、ピアノなど全ての科目を受けました。週3〜4回のレッスンに通いましたが、もっと勉強が必要だと感じて、大学院を受験、さらに2年間通い続けました。
 勿論、N響の演奏活動をしながらですから、凄く苦しかったけれど、楽しかったですね。」

実際、どのようなレッスンですか。

「広上先生は、単純に振り方を教えるよりも、心の問題を重んじていました。先ず、学生に、自分で考えることを徹底されます。こちらの考えていることや自惚れの様な感情は、全てお見通しですから、なぜ、上手くいかないのか。君の心の中に何があるのか、例えば、『第九』の第二楽章を指揮した後で、1時間くらいお説教されたりします。答えを教えてもらうのではなく、自分でみつけなくてはいけません。先ず、オーケストラを信じて、人間の仕事として音楽を一緒に演奏する。そう、本当に思うことが大事ですね。
 卒業して数年、実感として、やっと駆け出し指揮者2年生ぐらいになったかな。ようやく、音楽を振ることが分かってきました。これまでは、整えること、合わせることに終始していましたが…オーケストラの奏でたい音楽を、こちらが吸い込むように。ここにきて、急に自由になりました。」

では、これから、ますます指揮活動も増えますね。

「そう願っています。時間はかかっても、ヨーロッパやN響で吸収させていただいた素晴らしい音楽を、オケやお客さんに共有して楽しんでもらえる指揮者になりたいと思っています。」

ありがとうございました。

公演に向けて、茂木さんからコメントをいただきました!