篠崎史紀さんがN響のコンサートマスターに就任したのが1997年、N響オーチャード定期が始まったのが1998年だった。篠崎さんにこの20年を振り返ってもらった。
(5月15日・N響練習所にて)

©上野隆文

これまでのN響オーチャード定期で特に印象に残っている演奏会は何ですか?

「思い出に残っている演奏会はたくさんあるのですが、サヴァリッシュとのシューマン(注:第2回1998年11月)は楽しかったですね。オーチャード定期は指揮者にしても独奏者にしても若手と出会える良い機会だという印象を持っています。ファビオ・ルイージ(注:第20回2002年7月)やアレクサンドル・ヴェデルニコフ(注:第53回2009年3月、第64回2011年5月、第91回2016年10月)は、後にN響の定期公演にも登場するようになりました。いつもの指揮者と来るときも景色が違うので楽しいです。
 オーチャードホールとNHKホールとは、とても近いのですが、お客さんの雰囲気が違うのが面白いですね。オーチャードホールには、NHKホールと違うファンがいて、それが僕たちにはとても新鮮なのです。ホールは人が集まる場所ですが、オーチャードホールには、ホールにお客さんがついているのを感じます。その場所に定着しているお客さんがいるというのは日本では珍しいことです。オーチャード定期が僕たちに新しい出会いを作ってくれたのはとても素敵なことだと思っています」

第100回定期は、アシュケナージさんがタクトを執りますね。

「彼は指揮者やピアニストというカテゴリーで話すことはできません。そういうカテゴリーを超越した芸術家なのです。彼の作曲家に対する敬意と読譜力はすごいです。楽譜に書いてあるものだけでなく、楽譜に書いてないもの(=作曲家がこう思っていたであろうこと)を読み取る力を持っている人です。ロシア音楽では、僕たち日本人が知らない(=勉強では得ることのできない)土地のにおいを嗅がせてくれる。そこが聴きどころかもしれませんね。僕は、彼の超越したところが好きなのです。普通接することのできない、見える部分じゃないところに接させてくれるのが、非常に楽しみです」

アリス=紗良・オットさんも登場します。

「アリスは、実は彼女が若いときから知っています。室内楽も一緒にやりました。彼女が中学生か高校生くらいのときでしょうか。妹のモナ(=飛鳥・オット)はまだ小学生でした。同じ時間を一緒に体験できた彼女がこんなに成長して、素敵な演奏家になったのがうれしい。今回、共演するのがすごく楽しみです」

N響のコンサートマスターとしての20年間を振り返って、どのような感慨をお持ちですか?

「毎回、毎回、目の前にある山に登ることだけを精一杯やってきました。N響にいて、いろいろな人と出会えたことがうれしかったですね。自分の考えだけでなく、いろんな人と話し、いろんな人の知恵を借りたことが、僕の大きな財産となりました。
 N響のコンサートマスターの仕事は、自分の意見をどうこうするのではなく、指揮者のアイデアを最大限に活かして、コンサートを作り上げることです。つまり、指揮者のアイデアをN響でどう活かすことができるかを考えます」

©上野隆文

コンサートマスターが楽団員をリードするということではないのですね。

「コンサートマスターが引っ張って、後ろの人たちがついて来るだけというスタイルは、1970年代までですね。今は、自分たちの持っている能力をみんなで共有し合います。人それぞれに得意不得意がありますから、100人が集まってお互いを補い合う。そのための方法をスムーズに探すのがコンサートマスターの役割です。N響は、すべての団員が素晴らしい音楽家であり、それぞれの音楽観を持っています。それらを同時に出しても合わない。N響のもともと持っているもの、指揮者のアイデア、そして今この瞬間に起ころうとしていることを最大公約数としてどう融合させるかを考えています。指示するのではなく、考え方の相違をどう改めるかだけです。大切なのはムジツィーレン(音楽するということ)。全員の感じ方を揃えるために何かを提供するのが、指揮者やコンサートマスターの役目だと思っています」

篠崎さんは指揮者を置かない「マロオケ」のコンサートマスターも務められておりますが、それとはどう違うのですか?

「マロオケは強大な室内楽です。オーケストラという名前がついていますが、内容的には室内楽なのです。リハーサルも室内楽のようです。メンバーの意見を聞きながら組み立てていく。指揮者のいる場合は、指揮者の指示で決まったものができていきますが、マロオケではその場その場で音楽が変わっていき、本番でも変わります」

N響は、パーヴォ・ヤルヴィさんが首席指揮者になって、新時代に入ったと思いますが、パーヴォさんについてはどのようにお考えですか?

「パーヴォは一緒に物事をやっていこうという能力に優れた指揮者です。一緒にディスカッションしながら、音楽を作っていく、室内楽のような感じですね。指揮者には、自分のアイデアを提示して終わりの人が多いけれど、彼は一緒に作り上げていく気持ちが強い。指揮者では珍しいことです。そして、「僕」と「オーケストラ」ではなく、「We(僕たち)」で物事を考えてくれます。そこが素敵なところ。彼はSNSでの発信など新しいことにもすすんで取り組んでいます。そして、彼は、日本にお客さんで来ている指揮者ではありません。彼は、N響の良さを海外でも語っていますし、N響を自分が愛着を持つ共演者だと思っています。パーヴォとN響にはそういう信頼関係があります」

最後に、N響オーチャード定期第100回に向けて、メッセージをお願いします。

「100回というのはすごい数字だと思います。本当に大事なことは、打ち上げ花火ではなくて、物事を継続していくということ。現れて消えていくものは幻であって、本物ではない。100回つながったということは、既に伝統なんですよ。伝統ができたのなら、僕たちはそれを大事にしていかなければならない。N響オーチャード定期は僕たちみんなの宝ですから、愛着をもって、未来につなげていきたいですね」