坂東玉三郎×鼓童 特別公演 『幽玄』

『幽玄』レポート REPORT

気魄の伝受

文・伊達なつめ 撮影・岡本隆史

葛野流家元・亀井広忠先生による能楽囃子の稽古の様子

2016年11月中旬、佐渡にある鼓童の稽古場を訪ねた。この日は、能楽囃子(のうがくばやし)の大鼓方(おおつづみかた)・葛野流家元(かどのりゅういえもと)の亀井広忠(かめい・ひろただ)さんが、能の囃子と謡(うたい)について指導するために、また、舞の振付および立方(たちかた)(踊り手)として共演する日本舞踊・花柳流(はなやぎりゅう)の若き家元・壽輔(じゅすけ)さん、達真(たつま)さん、源九郎(げんくろう)さんの三人も、稽古に参加していた。

玉三郎さん、花柳壽輔さん、達真さん、源九郎さんのお稽古の様子

 今回の『幽玄(ゆうげん)』には謡曲(ようきょく)『羽衣(はごろも)』、『道成寺(どうじょうじ)』、『石橋(しゃっきょう)』の一節を取り入れる予定で、準備が進められている。まずは亀井さんが、『羽衣』の場面で使われる「序ノ舞(じょのまい)」について、「いちばん品があって、位の高い舞」と、他の舞との比較を含めて解説。「羽衣伝説」に基づく『羽衣』は、松の枝に掛かった羽衣を持ち帰ろうとした漁師が、これがないと天に帰れないと嘆く天人に、羽衣を返す代わりに天上界の舞を所望するという話。天人が舞う天上界の優雅な舞の部分が「序ノ舞」にあたる。
 亀井さんが、今回の公演のため約5分にまとめた『羽衣』の「序ノ舞」を披露した。両手に張り扇(はりおうぎ)を持ち、右手で大鼓(おおつづみ)、左手で小鼓(こつづみ)の拍子を打ちながら、口元で「ヒウ ルィ ヒョー」と声を出して笛の音を表現する。この見事なひとり三役パフォーマンスは、囃子の稽古時のスタイルだ。

これに対して鼓童は、笛と銅鑼(どら)のほか、締太鼓(しめだいこ)の奏者が十数人、横一列にズラッと並んでいる。歌舞伎舞踊にも『羽衣』はあるけれど、今回、漁師役の壽輔さんたちと天人役の玉三郎の立方とともに鼓童が創り出すのは、能版とも歌舞伎版とも異なる新たなオリジナル版。立方の動きはもちろん、音楽も能の『羽衣』の詞章(ししょう)や囃子に則りながら、鼓童的アレンジが施されている。 

「一声(いっせい)※1を拍子は楽譜のまま、(鼓童流に)翻訳してみたので、ちょっと聴いてみてください」  そう玉三郎が言い、『羽衣』の「一声」の演奏が始まった。ドラム・ロールのように細かく刻む太鼓(たいこ)の音をベースに、鋭い笛の音と高低差のある締太鼓+インパクトある奏者たちのかけ声が響く。大鼓と小鼓のパートも、すべて太鼓で表現するという驚きのアイデアだ。

「新しいですね。まさに世阿弥(ぜあみ)のいう『めずらしきが花』だ」※2
と亀井さん。続いて、鼓童は「クセ」と呼ばれる主要な部分の地謡(じうたい)※3を聴かせた。ここ数年、稽古始めに発声練習で謡を取り入れてきた成果か、非常に深く強く、伸びやかな重低音コーラスになっている。

「すごいですね。お世辞でなく、謡がうまい。みなさん耳がいいんでしょうね。たいしたものだ」
 と亀井さんは感心しきり。能では囃子と地謡は完全に分業制だけれど、鼓童はこうして双方を兼ねるスタイルだ。

 この「一声」の囃子と「クセ」の謡のプレゼンテーションで、鼓童と玉三郎が『幽玄』で何をしようとしているのか、さらに、鼓童の能の取り組み方の本気度を理解した亀井さんは、指導を具体的かつ個別化し、グイグイと熱を込め始めた。

本業である大鼓だけでなく、小鼓、太鼓、笛、謡、舞と、すべてを自ら実演してみせながら、技術とともに能楽師の気魄(きはく)を伝授する姿。鼓童の面々も、一瞬を惜しむように真剣に教えを仰ぐ。濃密でいて清々しい空気が、稽古場を満たしていた。

※1 一声=登場場面の囃子
※2 めずらしきが花=めずらしい(=新しい)ことは能の魅力の重要な要素のひとつ、といった意味
※3 地謡=謡曲の合唱部分