山田和樹 マーラー・ツィクルス

POINT 見どころ

マーラー・ツィクルス第三期の聴きどころ

山田和樹と日本フィルハーモニーが2015年より挑んできた「マーラー・ツィクルス」も最終年”第3期”を迎え、いよいよ最後の7番・8番・9番の各交響曲が取り上げられる。
第7番は”夜の歌”と呼ばれることもあるとおり第2楽章と第4楽章が夜曲と名付けられた全5楽章からなる作品。第5番から続いてきた純粋器楽曲の流れを受け、その到達点ともいうべき充実したオーケストレーションを備えた作品である。第4楽章にはギターとマンドリンというオーケストラには珍しい楽器も取り入れられ甘美な夜の雰囲気を高めている。最終楽章は一転して万華鏡を見るような極彩色の音楽が展開され、マーラーならではの振幅の激しい世界を堪能できる。
第8番は”千人の交響曲”と呼ばれる圧倒的な規模を誇るモニュメンタルな作品だ。大編成オーケストラ、2組の合唱団、児童合唱団、8人のソリストがステージ狭しと居並ぶ様子を見るだけで、音を聴く前から圧倒されてしまいそうだ。これだけの大規模な作品となると経費的にも負担が大きく、演奏される機会は稀である。マーラー自身がこの作品について”宇宙が響き始める様子を想像してください”と書いているように未聞の音世界が奏でられる。一部と二部に分かれており一部は神を讃えるラテン語による賛歌、二部はゲーテの「ファウスト」の最終場面から構成されている。山田は師匠である小林研一郎が同曲を演奏した時に合唱の指導を担当し、本番では合唱団に加わって歌った経験があるという。大編成で複雑な作品を見事に捌く手腕にかけては随一の若きマエストロが描く大宇宙に期待したい。
第9番はマーラーが完成させた最後の作品。再び器楽のみの世界に立ち返って書き上げた、大交響曲作家マーラーのラスト作品に相応しい大傑作。自らの死を意識して書かれたという(必ずしもそうではなかったとする研究もあるが)作品は純粋器楽曲でありながら、人間が人生の様々な困難に立ち向かい、戦い、時には憩いを得、最後は慈しみを持って別れを告げるというようなストーリーを思い浮かべてしまう人も多いであろう。山田は2016年1月、熊本交響楽団と初めてこの交響曲を演奏したが、最終楽章を振りながら涙が溢れてきて止まらなくなったという。プロフェッショナルをしてそんな状態にしてしまうこの作品にはやはり特別な力が備わっているのであろう。ツィクルスの最後を感動的な演奏で締めくくってくれるに違いない。


30代の山田和樹が初めての全曲演奏会と武満徹の世界に挑む。
次世代へつなぐ一大プロジェクトが始動!

© 大井成義

今回、自分にとって初のマーラー・ツィクルスに挑戦するにあたり、全ての交響曲の前に武満作品を組み合わせることにしました。武満作品はこれまでもたびたび演奏してきましたが、まとまった機会にきちんと勉強して正面から向かい合いたいという思いがずっとありました。また、私が武満さんとは会うことが叶わなかった世代であるということも大きな理由になっています。小澤征爾さんや故岩城宏之さんは武満徹さんと同時代を生きたわけですが、自分の世代はそのエッセンスを受け取ってまたその次世代に伝えていく使命があるのだと思っています。日本人の血というのか、日本人が作曲したものを日本人が演奏して、日本のお客様が聴くとき、そこにしか感じられないものが必ず表出すると思うのですが、それこそを継承していくべきなのではないかと。


3年間かけて3曲ずつ、全てがスピーディーな時代にあえて時間をかけて演奏していくのは、自分自身が成長するために時間が必要であり、またその自分の変化を皆さまに見ていただきたいという思いがあります。 交響曲を番号順に演奏するということは、マーラーの人生そのものを辿ることでもあるのですが、3曲ずつに捉えるならば、「創生」「深化」「昇華」といえると思います。第1期の第1番から第3番では、マーラーはそれまでになかった新しいスタイルの交響曲を生み出していきます。第2番では作曲家自らが歌詞も書き、第3番では6楽章という壮大な形式に挑戦しています。第2番以降には常に「死」というテーマが顕れるわけですが、マーラー自身の葛藤や戦いの発露が凝縮されていきます。第2期の第4・5・6番では独自のスタイルを深め、また一方で古典的なスタイルへ戻っていく部分もあります。第4番では室内楽的な要素が多分に多く、第5・6番は声楽を除いて器楽のみに戻ります。第3期の第7番から第9番はスペクタクルであり、オペラ的でもあり、別次元の音楽に向かっていきます。まさに大団円といったところ。大きなテーマである「死」が、昇華されていきます。

山田和樹

PROFILE プロフィール

山田和樹

2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ほどなくBBC交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。同年、ミシェル・プラッソンの代役でパリ管弦楽団を指揮して以来、破竹の勢いで活躍の場を広げている。
2016/2017シーズンから、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長などを務めている。2016年には、実行委員会代表を務めた「柴田南雄生誕100 年・没後20年 記念演奏会」が、平成28年度文化庁芸術祭大賞を受賞。

これまでに、ドレスデン国立歌劇場管、パリ管、フィルハーモニア管、ベルリン放送響、バーミンガム市響、サンクトペテルブルグ・フィル、チェコ・フィル、ストラスブール・フィル、ハーモニー管弦楽団、エーテボリ響、ユタ交響楽団など各地の主要オーケストラでの客演を重ねている。

東京藝術大学指揮科で小林研一郎・松尾葉子の両氏に師事。
メディアへの出演も多く、音楽を広く深く愉しもうとする姿勢は多くの共感を集めている。
ベルリン在住。

日本フィルハーモニー交響楽団

写真提供:日本フィルハーモニー交響楽団 撮影:山口敦

1956年6月創立、楽団創設の中心となった渡邉曉雄が初代常任指揮者を務める。創立60周年の歴史と伝統を守りつつ、“音楽を通して文化を発信”という信条に基づき、「オーケストラ・コンサート」、「リージョナル・アクティビティ」、「エデュケーション・プログラム」という三つの柱で活動を行っている。

現在、首席指揮者ピエタリ・インキネン、桂冠指揮者兼芸術顧問アレクサンドル・ラザレフ、桂冠名誉指揮者小林研一郎、正指揮者山田和樹、ミュージック・パートナー西本智実という充実した指揮者陣を中心に演奏会を行っている。

2011年4月より、ボランティア活動「被災地に音楽を」を開始。2016年11月末までに202公演を数え、現在も継続している。

オフィシャルウェブサイト
http://www.japanphil.or.jp