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N響オーチャード定期 2011-2012シリーズ
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休日のマチネにゆったりと名曲を楽しむ N響オーチャード定期2014-2015シリーズ

2014/11/9(日)、2015/1/31(土)、3/14(土)、4/29(水・祝)、7/4(土) <全5回>

Bunkamuraオーチャードホール

第81回2014年11月9日(日)15:30開演

楽員インタビュー/吉川武典さん(トロンボーン)

オーケストラで通常見られる管楽器で、唯一異なるスタイルを持つのがトロンボーンだ。その他がすべてキーやトーンホール、ヴァルブ(ピストンあるいはロータリー)を押すことで音程を変える中、この楽器のみがある意味最も素朴なシステムであるスライドを用いて音高を変化させる(一部の特殊楽器は例外とする)。歴史も古く、神の楽器とすら讃えられたトロンボーンは、スライド式であるメリットとして、音程の微調整が自由自在ということもあって、かつては宗教作品などで声部の補強のために声と同じ動きを与えられてもいた。

また、力強さと包み込むような柔らかな音色を併せ持った多彩さゆえに、コンチェルトやアンサンブル作品はもとより、オーケストラ曲の中でも、モーツァルトの《レクイエム》からマーラーの交響曲第3番、ラヴェルの《ボレロ》など、印象的なソロを数多く与えられている。

というわけで、今回の楽員インタヴューには、N響が誇る強力なトロンボーン・セクション5人衆の中から。オーケストラでの活躍のみならず、トロンボーン・クァルテット・ジパングの創立メンバーとして、また指揮も編曲もこなすマルチな才人として多くのファンを持つ吉川武典(よしかわ たけのり)さんにご登場いただいた。

 

● ● ● ● ●

 

トロンボーンとの出会いはいつなのでしょう?

 「中学校で吹奏楽部に入って、そこで始めました」

 

最初の4日間はクラリネットだったそうですが、何故、トロンボーンにチェンジされたのですか?

「そもそも吹奏楽も何も知らなくて、小学生の時にやっていたバスケットボールをそのまま続けるつもりでした。吹奏楽部の見学には友人に誘われて何となく行っただけだったんです。そうしたら新入生歓迎で『宇宙戦艦ヤマト』をやっていて、とても驚かされました。その時は自分ができることではないと思いましたし、聴くだけのつもりだったのですけれど、そのままクラリネットを持たされてしまいました。

その後、新入生勧誘の期間が終わった時に、トロンボーンに誰も入らなかったので、先輩たちが相談して、手が長いという理由で、僕の意思とは全く関係なく(!)トロンボーンに行くことになったのです。それで吹いてみたところ、スライドももう殆どガタガタで、右腕を鍛える道具なんじゃないかというようなボロボロの楽器でしたが、最初から音が出たのが嬉しく、トロンボーンの方が楽しいと……」

 

その吹奏楽部では、吉川さんの代からプロになった方が3名も出たそうですね。

 「さほど人数が多い部ではなかったのですが。僕以外はクラリネットで、ひとりは東京佼成ウインドオーケストラにいる大浦綾子、もうひとりは広島交響楽団で吹いている高尾哲也です」

 

その後、高松第一高校、東京藝術大学を経てプロになられたわけですが、そもそもトロンボーンの魅力はどこにあるのでしょう。

 「やはりまずサウンド。もちろんどの楽器もとても素敵な音をしているので、トロンボーン独特のキャラクターが魅力だと思います。オーケストラがお好きな方は、トロンボーンという楽器は何かと大きな音で吹いているという印象があるかも知れませんが、1本の単独のトロンボーンの音というのはとても柔らかいのですね。トロンボーンというのは直管ですので、客席側から見ていると、吹いた音が直接届きます。僕のイメージとしては、澄んだ音やハーモニーが、陽の光のようにパッと光り輝くような感じ。ホルンは音域は似ていますが、もっと奥行きがあって壮大で、ホールを完全に包み込むような大きさがあると思います。

トロンボーンの魅力は、輝かしさと柔らかさ、ハーモニーを作った時の心地よさ、温かさ、豊かさなどが本当に素敵だと思います。また、スライドがありますから、音程が万能です。トロンボーンの1番難しいテクニックでもあるのですが、非常に独特な、声楽に近いようなレガートを奏でることができます。ですから、ヴァルブとかピストンを用いた他の金管楽器のプレイヤーの中には、実はトロンボーンのレガートに憧れているプレイヤーもいるのですよ。ただ逆に、スライドゆえに簡単に間の音が入ってしまいますから、とても難しくもあります」

 

84年に東京藝大に入られて、早くも翌年の第2回管打楽器コンクールを受けてらっしゃいますね。その次の第5回では見事第1位に輝きました。また在学中から日本フィルのエキストラを務め、そのまま新日本フィルに入団します。

 「日本フィルは、大学3年の時に1年間エキストラで呼んでいただいて、演奏旅行をはじめ、よい意味で様々な経験を積ませていただきました。新日本フィルは大学3年に時にオーディションがあったので、受けてみたわけです」

 

楽器を始めた頃や学生時代の憧れの奏者は誰でしたか?

 「当時はまだレコードが少なく、ヴラニミール・スローカーとかアルミン・ロジンといった人たちの録音を聴いていました。またフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルではジョン・アイヴソンがソロを吹いており、その演奏をレコードで楽しんだり、実際に地元の高松から岡山まで船に乗って聴きに行ったりしていました。その後、第2回管打楽器コンクールの時に、ミシェル・ベケさんが審査員でいらして、彼がそれ以降毎年のようにパリ・トロンボーン四重奏団として来日したので、ずっとアイドルでしたね」

 

[N響入団]

N響へは91年に移籍されました。入ってみてどのような印象でしたか?

 「それなりに経験を積んでいたつもりでしたが、N響ではやる曲がどれも整然としたフォルムで、アンサンブル力、音色も含めて、正直それまでやっていたのと全く違うものに聴こえました」

 

同僚となった他のプレイヤーに対する印象は?

「最初はそれぞれの楽員のことはあまりよくわかっておらず、歴史のあるオーケストラで、とにかく緊張しながらやっていたのですが、合奏してできあがってくるものを感じながら、これが“本物のオーケストラなのか”というのを、聴衆のような感じで楽しんでいました。けれども半年後のある時、自分が当事者としてこれをやらなければいけないということ気付いてしまって、その瞬間からもう……。とてもできているとは思えなかったので、何てところへ来てしまったのだと。そこからちょっと大変でした」

 

[ベルリン留学]

95年まで5年間N響に在籍し、96年にベルリンへ留学されました。そこで当時のベルリン・フィル首席のヴォルフラム・アルントに師事されています。どうして、たとえばもうひとりのクリストハルト・ゲスリングではなく、アルントを選ばれたのですか?

「実は、N響に移籍する以前に、ゲスリングの元で勉強する計画を進めていたのですが、N響に移籍する話が出て、見送ることにしてしまいました。その後、N響で揉まれているうちに、やはりどこかでもう1度勉強したいと思うようになりました。残っていた宿題のように感じていたんですね。けれども、その頃にはゲスリングさんはもう弟子が多すぎて取れない状態でした。ところが、彼が話してくれたようで、代わりにもうひとりのソロ奏者の若いアルントが見てくれるという話が先方から来たのです。正直なところ、その時はあまり知らない奏者だったのですが、ベルリン・フィルのソロとして若くて認められている人なので、その元で勉強できるというだけで、まったく迷いもなく行きました」

 

アルントにはどのような影響を受けたのでしょう?

「それまで僕は、結果的にかなり我流でやっていたので、彼の基礎トレーニングの仕方というものを学びました。そのシステムというのはとてもシンプルなものなのですが、毎日ずっとそれをなぞって続けていると、これはこういう意図で、こういうテクニックを身に付けるために為されていて、そしてこの順番でやるとこういう結果につながるといった理屈が見えてくる。それまでの自分の方法にも理屈がなかったわけではないのですが、彼のシステムに強い説得力を感じて、そこから必要なものを吸収してゆくというようになりました。またエチュードでもオーケストラ・スタディでも、彼の確実性にはいつも驚かされ、その大切さ・重要さを強く感じましたね」

 

[第81回N響オーチャード定期について]

今回のオーチャード定期は、新シーズンの幕開けとなります。ウェーバーの《オベロン序曲》、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、そしてブラームスの交響曲第4番のプログラムです。

トロンボーン奏者からという観点から見て、今回のプログラムの魅力をどうご覧になられますか?

「ウェーバーはトロンボーンの書き方が上手で、3人でのハーモニーがとてもよい音がします。ウェーバーや彼に近い時代の人が、たとえばフォルテで書いている場合は、1段階ダイナミクスを抑えて吹くようにしています。もちろんそれは音量の問題であって、そこにウェーバーが欲しかったフォルテのニュアンスはきちんと出すというのが課題です。軽やかさが求められるパターンが多いので、重めになりがちなトロンボーンを、如何に軽やかに演奏するかというのもポイントです」

 

ラフマニノフもだと思いますが、音域的にも特に無理のないように書かれているように思えます。

「そうですね。ラフマニノフのこの作品で特徴的なのは、静かなところでバス・トロンボーンとテューバがずっとロ音で延ばすところが挙げられます[註・譜例1]。ブレス・コントロールなどが結構難しいのですけれども、あまり他の曲にないパターンですね。その他には、3番のピアノ・コンチェルトやシンフォニーなどにしてもそうですが、ラフマニノフは最後によいところを持ってきます。彼は終わる直前に盛大に歌わせるでしょう。ああいう音楽が高揚しているところ、最後の大団円に向かう直前の一番のエスプレッシーヴォのところでのトロンボーンのハーモニーの使い方は、やはり気持ちがよいように書かれていますね[註・譜例2]。他の楽器も全部鳴っているので、トロンボーンだけがピックアップされて聴こえてくるようなところではないでしょうが、オーケストラに質感と奥行きを与える役は担えていると思います」

 

[註・譜例1] 第3楽章[32]メノ・モッソ部:第3トロンボーンとテューバが、ppで12小節の間(=この経過部のすべて)を吹き続ける。

 

[註・譜例2] 第3楽章のカデンツァ後のマエストーソ部後半。第2主題が壮大に回想される部分。

このプログラムでトロンボーンの活躍といえば、やはりブラームスですね。

 「第4楽章のみではありますが、有名なコラールの部分[E:113小節~]以外にも、たとえば冒頭、それから戻ってきたところ[129小節~]。そして最後の方。出番こそ少ないながら、かなり色々なトロンボーンの表情や魅力を引き出そうとしていると思います。コラール一辺倒ではないし、フォルテ一辺倒でもない。長い音だけでも、リズムだけでもない。最初はフォルテのややドラマティックなパッサカリア主題があり、その後すぐに、異なるキャラクターのパッセージが続く。さらにコラールがあって、175~177小節目にはハ音のオクターヴでクレッシェンドするところがありますが、ああいうのもとても印象的だと思いますね[譜例3]。かと思うと、終わり近くの273小節からのところ[譜例4]ではマルカートのスケールで目立たせてみたり」

[譜例3]

 

 

[譜例4]

 

ブラームスは第2交響曲でも、最後に大変な役割を与えていますし、彼のトロンボーンの扱いは実に凝っていますね。

「うまいと思います。ブラームスの場合は、トロンボーンだけではなく色々な楽器に対してそうでしょうけれども、珍しくトロンボーンにも人格というか、確固としたパーソナルな性格を与えています。ブラームスは交響曲第4番で、トロンボーンの様々な可能性をたったひとつの楽章の中に盛り込んで、私たち演奏家に表現せよと言っているのです。こちらは本当に音楽的に頑張らないといけないと思わされますね」

 

表現の要求度がとても高いわけですね。

「コラールのところをひとつとっても、淡々と、感情を抑えたように流れを作る指揮者や、もっと情緒豊かに歌ってくれという感じでやる指揮者など、色々なタイプがいますね。と同時に、譜面(ふづら)としても、この部分は音符の配列が独特なのですよね。2分音符+2分音符+4分休符+4分音符+2分音符+2分音符……。以外にないリズム・パターンと長さです。それをコラールで、ある種旋律的に主導するとなると、これでサマになっているのだろうかと何回やってもよく悩みます」

 

指揮者ですが、当初予定されていたスラトキンが降板となりました。代役として登場するアルミンクは、N響初登場ですよね?

「初めてですね。僕は以前アルミンクの演奏をトリフォニーホールで一度だけ聴いたことがあるのですが、その時のプログラムがブラームスの第4交響曲でした。共演してみないとわからないことってたくさんありますから、楽しみにしています」

 

オーチャードホールの感想もお聞かせ下さい。

「初期の頃には、ステージの上でどのようにサウンドを作ってよいのかわからないことも多かったのですが、最近はかなり整理して聴こえるようになって、どれくらいのタイミングと音量で吹けばよいか、どういう音色を作ればよいかというのが随分わかりやすくなってきました。ホールの側でも色々工夫されていますし、オーケストラが慣れてきたというのもその理由だと思います。客席で聴く場合にも、上にのぼってくるオーケストラのサウンドは、結構好きですね。オーチャード定期は、よい演奏ができていると実感することが多いです。印象がよい演奏会はたくさんありますよ」