見どころ
ブロードウェイ・ミュージカル「スウィング!」が2002年に初来日した時は、スウィング・ジャズを基調とする音楽と唄とダンスの渾然一体となった舞台の華やかさ、迫力、楽しさに、見る者すべてを興奮のるつぼに捲き込んだものだった。勿論それまでも、ベニー・グッドマンやグレン・ミラー、デューク・エリントンらの演奏するスウィング・ジャズは広く愛好され、社交ダンス・ブームの波にのって、ジルバが盛んに踊られていたが、音楽もダンスも、1930〜40年代のスウィング時代の偉大なる遺産として受けとめる向きが多かった。ところが、ミュージカル「スウィング!」の舞台に一度び接してみると。それが決して過去の単なるリバイバルではなく、現代のアップ・トゥ・デイトなポップ音楽やショウ・ダンスと密接に連なる最新のエンターテインメントの、しかも最高レベルの技術に裏打ちされた芸術的作品であることを誰もが実感したのだ。それは、アメリカで1990年代にネオ・スウィングと題する新しいスウィング流行現象が起こって、多くのバンドや歌手がスウィングの新曲を演奏し歌い始めたことと、同時にスウィング・ダンスの各種のスタイルがシアターダンスにとり入れられ、アメリカ・ヨーロッパ・アジアにわたる世界的ダンス選手権が開催されて、若手の傑出したスウィング・ダンサーが輩出したことが背景にあった。
今改めて、ブロードウェイ版のCDやビデオを見聞きしてみると、作品の卓越した楽しさと奥深さに驚歎させられる。音楽は40曲近くが2時間ぶっ通しで演奏されるが、先ずオープニング、エリントンの有名な「スウィングがなけりゃ意味ないね」が、滅多にきけないヴァースの唄声で始まり、スキャットの大合唱からバンド演奏に入る。カウント・ベイシーの「ジャンピン・アット・ザ・ウッドサイド」が挿入されてサウンドが高潮する中、10人の精鋭ダンサーが現われて、超スピードのリンディ・ホップ・ダンスをくりひろげ、早くもアクロバティックなエア・ステップを軽々と見せる。続いて歌手数人が「トゥー&フォー」「バウンス・ミー・ブラザー」など、フォー・ビートの刻み方やスウィングする秘訣を教示するボーカル・ナンバーを披露する。役者たちのボーカルのうまいことも特筆すべきで、これだけ歌えるジャズ歌手は滅多にいない。このあとスウィングやスタンダード名曲が次々出てくる。グレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」と「りんごの木の下に坐らないで」をつなげて、パイドパイパース風の男女5重唱にしたり、「GIジャイヴ」をアンドリュース・シスターズのアーミー・ルックのコーラスで格好良くきかせたり、フランク・シナトラのヒット「アイル・ビー・シーイング・ユー」を女声のロマンチックなソロで表現したり、知っているなじみのメロディーが次々と出てくる。勿論フィナーレは全員の「シング・シング・シング」。バンドは、サックス2、ブラス2、リズム4の8人編成だが、凄腕が揃っているので立派なビッグ・バンド・サウンドを出す。エリントンの「キャラバン」のアドリブ・プレイ、「ハーレム・ノクターン」のアルト・サックス・ソロと女声ボーカルのかけ合いなど達者な芸に驚かされる。
そしてこの全音楽に合わせて、他では絶対見られないすばらしいスウィング・ダンスの奥義を見せるのが、本作品のために特別編成されたスウィング・ダンサー20数名の超絶技巧のダンス芸である。スウィング時代にハーレムのサヴォイ・ボールルームやコットンクラブで大流行したスウィング・ダンスは、ジターバッグ(日本ではナマッて「ジルバ」となった)として一般化したが、その最高技はリンディ・ホップのエア・ステップと呼ばれる空中回転技で、これはとても難しくて、世界選手権保持者クラスでないとショウにならない。イースト・コースト、ウエスト・コースト、カントリー・ウエスタンなどの各派のスウィング・ダンス・スタイルのチャンピオンを揃えることの出来るのは、今回の作品「スウィング!」舞台のみであろう。コンクールではない訳だから、個々のチャンピオンの個人芸やカップル芸を見せるだけでなく、5組乃至10組のカップルが舞台に勢揃いして、ユニゾンで見せるスピーディな動きは、まさにスウィング・ダンス芸術の極致であり、恐らく二度と見られない千載一偶の機会となるかも知れない。「スウィング」の初歩的な楽しさを味合うに最適の作品であることは勿論だが、初来日版を見た方やスウィングに通じた方にも、本作の奥深さは、必ずや新しい発見をもたらすであろうことを信じて疑わない。
Text:瀬川昌久(音楽評論家)