「−不思議空間へ− マグリット展」

展示概要 展示詳細


 1924年にフランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱し、国際的な広がりをみせたシュルレアリスムは、西欧近代を支えてきた理性や合理主義への反抗として、フロイト流の夢や無意識、あるいは狂気という超現実世界をその拠り所として運動を展開しました。マグリットもベルギーから、パリのこの動きに短期間参加しましたが、やがてブリュッセルに戻り、独特の論理と神秘的な雰囲気に満ちたシュルレアリスムを展開しました。
 いつもスーツを着てイーゼルの前に立ち、絵具が飛び散るような描き方はけっしてしなかったこの「シルクハットの紳士」は、むしろ理性を最大限に研ぎ澄まし、想像力の限界に挑んだ冷静な仕事師と呼ぶに相応しい画家でした。彼が主に用いた手法は「デペイズマン」といい、ごくありふれた身の回りの物を題材にしながら、詩人ロートレアモンのいう「解剖台の上のミシンとコウモリ傘の偶然の出会い」のような、予想外で非日常的な世界を作為的に画面上に出現させました。

 マグリットの作品を通じて気付かされるのは、作品の題名と作品に描かれたものとの関係が、すぐにわからないことです。そして時には全く接点がないようにも思われます。この点についてはマグリット自身が次のように語っています。「絵の題名は説明でないし、絵は題名の図解ではない。題名と絵のつながりは詩的なものである」。
 このように、絵画に描かれたものと言葉との関係を鋭く指摘したという点でも、マグリットは20世紀美術において独自の地位を築いたといえます。しかしマグリットの作品とは、絵と言葉(題名あるいは画面の中に置かれた言葉)とがワンセットになった完成品である点を忘れないようにしたいものです。それは都会的な洗練さをもった詩であって、作品を前にして「これは何を意味するのか」、とか「何が言いたいんだ」というのはちょっと野暮でもあるのです。マグリットの作品はどれも強いインパクトをもち、私たちの余計な解釈や講釈を最初から拒絶しているようなところがあります。もしそれを侵せば、私たちは出口のない思索の迷宮に入りこんでしまい、いたずら好きのこの画家の思う壺ということになってしまうでしょう。
 
 しかし人を惹き付けてやまない彼の「不思議空間」に、現代の私たちは思いの他違和感を抱かないことも事実です。それはこの種のものを日常的に広告や映像で見なれているからなのかもしれません。そしてそれを手掛けた今時のアーティスト自身、マグリットから直接・間接の影響を受けています。実はマグリット自身、生計を立てるために長い間広告デザインの仕事をしていました。彼の作品に見られる大胆な発想や遊び心はそれと無縁でないかもしれません。

 20世紀の視覚芸術の可能性を切り拓いた巨匠。絵筆による前世紀のその仕事は、21世紀から見るとあまりにコンピュータの画像処理に近いことに驚かされます。そして奇しくも、CGを最も駆使しているのがグラフィックデザインや映像の分野です。現代の視覚芸術の一つの方向を予言していたマグリットの仕事。日本で今世紀最初のマグリット展となる本展は、約90点の作品により彼がこだわったテーマをたどりながら、この作家の全体像に迫るとともに、CGという最も今日的なテーマを意識することで、いままでとは全く違う視点からマグリットを見ることも提案したいと思います。

Bunkamura ザ・ミュージアム 学芸員 宮澤政男



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