
19世紀のベルギーの文化はフランスの影響を大きく受けていました。中でもフェリシアン・ロップス(1833−1898)は、パリで名声を博した画家で、風刺画のほか、本の挿絵を多く描くようになり文学者との交流を深めていきました。特に親しかったのは象徴派の詩人シャルル・ボードレールで、その名作『悪の華』の挿絵を担当しています。こうした文学者たちとの交流の中で、ロップスの描く作品は退廃的で官能的な要素を帯びるようになっていき、画家は想像力を駆使してそれらを表現しました。ロップスはベルギーの世紀末美術の先駆的な画家ということができるでしょう。 |
フェリシアン・ロップス
《スフィンクス》
1884年 エリオグラヴュール・和紙
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レオン・フレデリック 《春の寓意》
1924-25年 油彩・画布 |
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産業革命のひずみとして19世紀後半のベルギーでは労働争議などが頻発していました。画家たちも労働者の現実に目を向け、それを題材にした作品を描きました。そんな画家のひとりがレオン・フレデリック(1856−1940)です。しかしながらその作風は、世紀末ごろには神秘主義的な作風に大きく変貌し、時代錯誤的な宗教的主題も、あえて三幅対のような教会の宗教画に似た形式で制作しました。フレデリックの場合とりわけ少女像や幼児を題材にした作品が多く、猟奇的な色合いの幻想的世界を展開しました。 |

世紀末の神秘主義的な幻想絵画は、象徴主義の絵画でもあります。これ自体は1886年にフランスの詩人モレアスが唱えたもので、理念や精神など「目に見えない世界」を間接的に暗示することを目指しました。それと平行して神秘主義やオカルト的なものが流行し、多くのカルト的な集団が誕生しました。フランスのペラダンが主導した展覧会「薔薇十字会」もそのひとつで、リアリズムに反旗を翻して難解な神秘主義を追究し、そこではフェルナン・クノップフ(1858−1921)、ジャン・デルヴィル(1867−1953)、エミール・ファブリ(1865−1966)といったベルギーの画家たちが中心的役割を果たしました。 |
フェルナン・クノップフ 《ブリュージュにて 聖ヨハネ施療院》
1904年頃 鉛筆、木炭、パステル・紙
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フェルナン・クノップフ
《ヴェネツィアの思い出》
1901年頃 パステル、鉛筆・紙 |
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ベルギー幻想美術の中で特徴的なのは、女性の圧倒的な存在感です。優雅な貴婦人として、あるいは世紀末の魔性の女として、ときには中性的な不思議な魅力を持つ少女として描かれる女性たちは、そのまなざしや身体で何かを訴えかけ、観る者を彼方へと誘い、ときには破滅へと導くファム・ファタル(運命の女)なのです。優雅で魅力的な女性表現という点では、フェルナン・クノップフは傑出した画家でした。ポーズ自体の上品さは言うに及ばず、輪郭線をぼかした柔らかな筆致、それでいて細部に隙のない綿密な描き方は、繊細で甘美な女性像を生み出しました。そしてその奥には、スタイリッシュでダンディだったが孤独な画家の存在が見え隠れしています。 |

ベルギーの北海沿岸にある港町オステンドは、競馬場もある行楽地として都会の人々をひきつけましたが、シーズンによって極端に賑わい差がある土地でもありました。仮面の画家として知られるジェームズ・アンソール(1860−1949)は、この町の土産物屋に生まれ、不思議な雰囲気の静物画や想像力豊かな風刺画も多く制作しています。またレオン・スピリアールト(1881−1946)もオステンドの出身で、夢遊病患者のような視点から、孤独と憂愁に満ちた独自の世界を描き出しました。 |
レオン・スピリアールト
《オステンドの灯台》
1908年 墨、色鉛筆、水彩・紙 |
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ベルギーの幻想絵画の背景にあるもうひとつの重要なファクターがシュルレアリスム、すなわち超現実主義です。伝統としての写実主義を生かした幻想的シュルレアリスムの代表であるポール・デルヴォー(1897−1994)の場合、日常的な都会の風景の中に美しい全裸の女性を出現させて観る者の意表をつきます。しかもそこに着衣の女性も登場させるなどして、裸であることが強調され、官能性と優美さに満ちた独自の世界を作り出しました。そしてそれは、内向的なデルヴォーという画家の内に秘められた願望であり、理想郷でもあったのです。

ベルギーのシュルレアリスムの双璧のもうひとりがルネ・マグリット(1898−1967)です。この画家は怪物たちを描いたヒエロニムス・ボス等に見られるフランドル絵画の奇想の系譜を引き継いだ画家であるとともに、知的な遊び心を作品にふんだんに取り入れ、彼独自の「ありえない」超現実世界を生み出しました。そのようにして出現した世界には奇妙な完結性があり、虚構の世界と知りつつも観る者はそこに引き入れられていきます。
Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員 宮澤政男