ID_007:吉田恭子(ヴァイオリニスト)
日 時:2004年6月8日(火) 
参加者:宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員
     ギャザリングスタッフ(中根大輔、鷲尾和彦、高山典子、海老沢典世)
吉田 恭子(よしだ きょうこ)
 東京生まれ。メニューイン主催オーケストラ奨学金を得て、コンサートマスターとしてアジア・ツアーに同行。文化庁・演奏連盟主催リサイタルにてデビュー。桐朋学園大学卒業後、文化庁芸術家海外派遣研修生として、英国ギルドホール音楽院、さらに米国マンハッタン音楽院へ留学。巨匠アーロン・ローザンドに師事。米国やヨーロッパ各国の音楽祭に参加。ニューヨークを拠点に多岐に渡る演奏活動を行い、数々の賞を受賞。「研ぎ澄まされた感性や情感を楽器を通して偽りなく表現できるヴァイオリニスト」と絶賛される。 数々の交響楽団等の共演やテレビ出演の他、最近では、環境ファッション雑誌「ソトコト」において、子供達と自然・音楽・エコロジーについて考える特集を定期的に行い大きな反響を呼んでいる。また地域社会の活性化と福祉の精神を目的に、全国の小中学生等をクラシックの世界へ道案内する巡回教育プログラム「ふれあいコンサート」シリーズを、三井広報委員会(三井グループ系企業26社)と共にスタートさせた。
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『演奏会も展覧会もライブが一番ですね』
海老沢: この『ミュージアム・ギャザリング』という企画は「もっと気軽にアートを楽しもう!」というとてもシンプルなコンセプトで始めたものです。いろんな人に参加してもらって、ユニークなアートの楽しみ方を見つけていこうと思っています。

吉田: いいですね。実はクラシック音楽もまったく同じように、敷居が高い、難しいと思われているところがあるんですよ。コンサートにはどういう格好をしていったらいいのか、とかね(笑)。もちろんそんな堅苦しいものではないのですけど。  美術館に関して言えば、私はイギリスとアメリカに留学していたときに、すごいカルチャーショックを受けたことがあるんです。ある時美術館にいったら、幼稚園の子供達が見学に来ていたんですね。するとみんな個々に画板を持って展示されている絵の前に座り込み、その絵を写生し始めたんです。そういうのって日本ではありえないでしょ。どちらかというと静かに見てなきゃいけない、みたいな雰囲気がありますよね。私にとっては結構ショッキングでしたね。
宮澤: 僕もヨーロッパで同じ光景に何度も出会っています。それにしても可愛いですよね。もちろん、たまに子供たちがたくさんいると絵が見づらかったりするときもあるけれど、まあ、ずっといるわけじゃないしね。向こうでは大人たちも自分がそういう風にして育ってきているわけだから、みんな寛容なんですよね。

高山: 小さい頃から美術館に行って本物の絵に触れるような環境があるというのは、恵まれていますよね。欧米では学校の授業の一環として美術館にみんなで行くことがありますけど、そういうのは日本の小学校とか中学校も是非真似ればいいのになと思います。

吉田: それに関してもクラシック音楽も全く一緒ですね。私は、去年から、いろんな地域に行って演奏会を行う「ふれあいコンサート」というのを始めさせていただいてるんです。ホールでのコンサートは夜なんですけれど、その前にその地域の小学校とか幼稚園に行って、なかなかクラシック音楽を聴く機会のない子ども達といろんなお話をしたり、演奏したりしているんです。ヴァイオリンについての話なんかもするんですよ。「ヴァイオリンというのは200年とか300年前に一人の職人さんが一生懸命作ったものなのよ。木で出来ているからすぐに壊れるようなものだけれど、それを何百年にもわたってみんなが大切にして来たのよ。それがこれなの」とかね。そうやって交流していると、「私も自分も曲を書いてみたいです」とか「僕はスポーツを辞めようと思っていたけど、頑張って続けてみようと思いました」とか、音楽だけじゃなくて、いろんな反応があって本当に面白いんですよ。

高山: すばらしい活動だと思うんですけれど、その「ふれあいコンサート」は大好きなオードリーの影響で始められたという風にお聞きしたのですが。

吉田: そうですね。オードリー・ヘップバーンさんは小さいときからすごく好きでした。ヴァイオリンのケースにも彼女の写真を入れています(笑)。彼女は、日本では「永遠の妖精」っていわれたり、今でもコマーシャルなんかに登場したりして大変な人気ですよね。私も最初は「ローマの休日」を見てアン王女に憧れて好きになったんですけれど、彼女のすごさっていうのはユニセフの活動であったり、大女優でありながら2人の子どもを育てたり、母親として人間としてすごく強い女性だったというところだと思うんですよ。だから私もそんなところに影響を受けているかもしれませんね。でも、残念ながら彼女のそんな側面は意外と知られていないんじゃないかしら。

宮澤: オードリーっていうとどうしても若い時のイメージが強いけれど、今回の展示でもわかるように、ユニセフの活動をしていた時の彼女は本当に力強いですよね。

吉田: 彼女は小さい時に戦争を体験しているから、やっぱりユニセフの活動は本当にやりたいことだったんだと思いますよ。自分がすごく有名だからこそできるって思っていたところもあるんじゃないでしょうか。
 例えば私は去年自閉症や何らかの理由でご両親と住めなくなってしまった子ども達がいるところでコンサートをさせてもらったことがあるんです。一種のアートセラピーですよね。そこに来てくれた子供たちって、モノを粗末に扱ってしまう傾向があって、話しを聞くと、それは自分自身が親から粗末に扱われてきたかららしいんです。だから例えばさっきのヴァイオリンの話のように、みんなが大切にしてきて、守ってきたものもあるんだよ、っていうことを間接的にでも知ることがとても大事なことらしいんですね。音楽を通してそういうお手伝いが出来るっていうことはとっても嬉しいし、子供たちの純粋な感性に触れることは私自身にとっても勉強にもなるんですよ。オードリーも晩年は子供たちのために力を注いで子供たちに囲まれて暮らしたわけですから、ひょっとしたらユニセフの活動って彼女の人生で一番幸せな時期だったんじゃないかなって思いますね。
『オードリーの強さと美しさ』
高山: 今回の展覧会でも最後のカプセルでユニセフの活動を紹介しているというのは、人生の中で最終的にたどり着いた活動だったっていうことを紹介したいためなんです。 全体を通してご覧になった印象はいかがでしょうか。

Timeless Audrey Exhibit, Copyright ©Audrey Hepburn Children’s Fund.All rights reserved.
吉田: オードリー・ヘップバーンさんの展覧会はいろんなところで行われているので、今まで何度か足を運んだことがあるんですが、今回はカプセル毎のテーマ設定が素晴らしいと思いました。彼女の息子さんもこういう風にお母様が紹介されて嬉しいんじゃないかな。
 ユニセフのコーナーで見られた映像にも感動しましたね。誰しも子供の頃の環境や経験って、将来にわたって影響してしまう。彼女も、戦争とか両親のことがその後の人生に非常に影響したんでしょうね。

海老沢: 今回は11のカプセルを通して、彼女を単なる映画スターとしてではなく、一人の女性の人生として紹介しています。もちろん、彼女には美しさや華やかさがあるけれど、やっぱり自分でいろんなことを選択して歩んでいるという芯の強さをこの11のカプセルを通して見終わったときに感じるんですね。そんな強さが実はオードリーの魅力の源泉なのかもしれません。

吉田: 生涯ハリウッドにはお家を持たなかったみたいですし、いろんな映画のオファーも断っているって聞いたことがあるんです。そういうところも私はすごいなって思いますね。きっと自分に厳しかった人なんじゃないでしょうか。いろんな選択を迫られたときがあったと思いますけれど、スターという立場にいる人が、そういう風に自分のスタイルや生活を守って生きるって大変だったんじゃないでしょうか。

中根: 彼女は当時女優を撮らせたら世界一と言われていたヒッチコック監督からの出演依頼を断っているんですよね。そのことで監督をめちゃくちゃ怒らせたらしいです。だから、自分のスタイルを守るって、言うのは簡単だけれど、実際には大変なリスクを背負う場合がありますよね。

宮沢: ヴァイオリニストとしてのお仕事をする上で、そういうオードリーの生き方や精神面から影響を受けていることはありますか?

Timeless Audrey Exhibit, Copyright ©Audrey Hepburn Children’s Fund.All rights reserved.
吉田: そうですね。やっぱり影響は受けていると思います。音楽っていうのは、ほとんどの作曲家が残念ながら亡くなられているので、「こういう風に弾いてほしいんだよ」という思いが、楽譜という暗号として残っているだけなんですね。後はその楽譜を頼りに演奏する人の人間性や感性で表現するしかないんです。私はブラームスとかバッハとかベートーベンがとても好きなんですが、彼らに共通するのは、自分の感情を押し殺して抑制した先にある美しさなんですね。それはものすごく強い精神力がないとできない音楽だと思うんです。オードリー・ヘップバーンさんの美しさも、色々な物をデコレーションしていくのではなくて、どちらかというと削ぎ落としていくことで表現されているものだと思うんですよ。そういうところは非常に影響を受けていると思います。

高山: 今、若い人たちの間でもサブリナパンツにバレエシューズみたいな格好が流行っていますよね。あれもやっぱりオードリーの影響があると思うんですけれど、そういうファッションの面はもちろん、精神的な部分や生き方みたいなものも、今の若い人たちにどんどん吸収してもらいたいですよね。

海老沢: この前の印象派展では「五感で感じる印象派」ということでお料理や音楽等さまざま企画を通じて印象派を楽しんでいただくという企画を行ったんですが、そういう風にいろんな人が参加できるような企画を提案して、美術館にしてもクラシックにしても、もっといろんな人が足を運んでくれるようになるといいですよね。

吉田: じゃあ次は展覧会とあわせてクラシック・コンサートをやりましょうよ。クラシックって日本ではまだまだ年齢層が高いので、特にもっと若い人にコンサートに足を運んでもらいたいんです。
 今、ヴァイオリニストして活動させていただいているのは本当に有難いことなのですが、お客さんとの一体感というか、空気感というか、言葉では表せない何ともいえない瞬間が私にとってはとても大切なんです。 それは決して計算して出来るものじゃない瞬間。なかなか簡単に味わえるものじゃないけれど、味わっちゃうと止められない。そんなときになんて素晴らしい世界に身を置いているんだろうって感じます。
 勿論CDを聴いて心地よくなってくれる人がいたらすごく嬉しいのですが、それはその先にある演奏会に行くきっかけになってくれるともっと嬉しい。やっぱり人の心を打つのは「生の音」だと思うんです。それは録音技術なんかによって浄化されたものではなくて、ざらざらしたものなんです。でもそのざらざら感が人の心に響くんだと思うんですよ。

宮澤: 我々のような美術館が存在する意味なんてまさにそこでね。実際の原画を見ると、写真で見るのとは色が全然違うし、質感も違う。そういうことを実際にこの場に来て感じて欲しいんですよね。ヴァイオリンを聞きながら絵を描いたり、その逆で、絵を見て音楽を選んだり、そういう企画もぜひ一緒にやりたいですよね。
ギャザリングの模様を動画でもお楽しみいただけます!
オードリー・ヘップバーン展についてはこちらから(巡回先のご案内)

【編集後記】
今回のギャザリングは、ギャザリングの模様をBunkamura onフレッツにて動画でもお楽しみいただこうという初の試みを行ってみました。いつもは雑然としたミュージアムの学芸員室でかなりラフな雰囲気で行っているので、テレビのスタジオのようなスペースでカメラに囲まれてピリッとした雰囲気が漂う中のギャザリングに「ちょっと勝手が違うなー」などと呟きながらもとても新鮮な気分で収録できました。いずれは、ミュージアム館内で作品に囲まれながらのギャザリングというのにもチャレンジしてみたいです。ご期待ください!

(海老沢)