ID_004:曽我部 俊典(シェフ)
日 時:2004年3月18日(木) セルリアンタワー東急ホテルにて
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
  ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)
曽我部 俊典(そがべ としのり)
1957年 神奈川県生まれ
26歳で渡仏し、イールドフランス、ブルターニュ、ベリー各地方で修行して本場に触れる。
帰国後は名古屋東急ホテルに勤務し、在職中も「ミッシェル ロスタン」で研鑚を積む。2001年5月
セルリアンタワー東急ホテルの開業時よりタワーズレストラン「クーカーニョ」のシェフ兼マネージャーを
勤め、現在に至る。趣味はカメラ。

タワーズレストラン『クーカーニョ』
南仏プロヴァンス料理をメインテーマに、新鮮で厳選された素材を活かしたお料理をこれまでの
フランス料理とは一線を画す新しい感覚で提供している。
ホテルの40階という絶好のロケーションに恵まれ、店内はモダンテイストを基本としながらも、
開放感にあふれた明るくモダンな空間で統一されている。ランチタイムには陽光があふれ、
ディナータイムにはきらめく星空の中で時間と共に変わっていく雰囲気を食事と共に楽しめる
のも魅力。

タワーズレストラン『クーカーニョ』

『プロヴァンスの光を表現する』
高山:ちょうど昨日、みんなでセルリアンタワー東急ホテルのレストラン「クーカーニョ」におじゃまして、今回の展覧会の企画として創作していただいたお料理をいただいてきたんですよ。手書きのメニューの絵もかわいいし、お料理も見た目にも美しくておいしくて、とても楽しませていただきました。

曽我部:そうですか、それはありがとうございます。あのメニューの絵は私が描いているんですよ(笑)。実は、こういう形で展覧会とコラボレーションをするのは初めてなので少し不安もあったのですが、そう言っていただけると本当に嬉しいですね。

宮澤:“フランス料理”と言ってもフランスの南の方、いわゆるプロヴァンスってことですよね。やはり料理はパリなんかと比べると違うんですか?

曽我部:ええ、違いますね。プロヴァンス料理というのは、もともとは本当に素朴な料理なんです。ですから、私どものレストランはホテルのメインダイニングでもありますから、そのままお出しするのではなく、いろいろと工夫を凝らしています。
今回の企画で難しかったのは、そういうフレンチ・レストラン「クーカーニョ」という位置付けや、セルリアンタワー東急ホテル自体のコンセプトもしっかりとある中で、自分がやってきた方向性の料理を、この印象派展とどういう風に結びつけるか、ということでした。それでいて食材やお料理の考え方は南フランスに反さない、ということも忘れたくなかったですしね。
例えば、メイン・ディッシュには豚のフィレ肉とフォアグラを合わせましたが、ここにレモンのソースがかかっているんですね。このソースはレモンに岩塩の荒いのを詰め込んで半年間塩漬けにしたものなんですが、発祥は北アフリカです。北アフリカというのはフランスの植民地でしたから、こういう経緯で入ってきた技術も取り入れてみたんです。
さらに、今回の展覧会の開催期間が3月から5月にかけてじゃないですか。いろんな要素を演出しながら、その中で季節感も出して、皆さんに受け入れていただける味で、しかも3ヶ月間続けられるメニューというのは、もう本当に…(笑)。

宮澤:大変だったと思います(笑)。3月から5月までだと旬の食材も変わってしまいますものね。

海老沢:でも頂いたお料理は本当に色彩豊かで、印象派の絵画を見た時と同じようなやさしさや鮮やかさを感じました。

曽我部:配色にはもちろん気を配っていますけれど、最初にふっとひらめいたのは、“光”なんです。もともと、ただ単に絵を料理に置き換えようという気は無かったので、印象派の人たちが表現してきたものを自分の中に取り入れて、どういう風に料理として形にしようかな、と考えていたんですね。南フランスの光というのは日本とはやはり違うんです。同じ太陽なんだけども、空気が違うせいなのか周りの環境が違うせいなのか、感じ方が全然違う。そういう感覚を自分の体験として持っているんですよ。だから、あの時感じた“光”を原点にして料理にしていけば、これはやれそうだと。

宮澤:実際、お料理を拝見した時に、直接的に絵と似ていないところが嬉しかったですね。でも、随所にこだわりが感じられて、印象派のエッセンスは十分伝わってきました。

曽我部:もちろん見た目だけではなくて味にもこだわっています。例えば色のことだけを考えるなら、ただ単にソースの素材に色素を入れていろんな色を作る、ということをやれば簡単にできるでしょう。でも僕はそういうことはやりませんでした。ソースに関して言えば、今回は先ほどお話したレモン・コンフィ・ソースに加えて、赤ピーマン、バジル、ヴィンコットという4つのソースを用意し、それぞれの料理に合わせているんです。
印象派をモチーフにしていれば何でもいいわけじゃなくて、料理として成立するのが何よりも第一ですよね。その後に南フランスの要素が入っているか、見た目が美しいか、今回の印象派展のイメージに合致しているか、という最低でも4つの条件をクリアしないと成り立たないと考えて臨みました。

中根:僕はまだ料理をいただいていないのですが、パンフレットのお料理を拝見して、お話を伺っているだけで楽しくなってきますね。しかし、お話を聞けば聞くほど、やはり絵と料理というのは、文化として共通点があるし、企画として相性がいいんだなあと感じました。

曽我部:文化という意味では、料理の分野においてフランスと日本ではかなり違いますよ。
例えば、日本では野菜の“アク”を抜くために、食材を水にさらす等の手間をかけますよね。でもフランスでそれをやると「なぜ、下処理の段階から旨みを抜くんだ」となるわけです。あと、日本は包丁の文化だから、調理場では包丁を握る人が一番えらい。その次が煮方。そして焼き方。でもフランスでは一番大事なのは煮込む人なんです。そもそも刺身のように“食材を切るだけ”の料理は、料理として認めていないようなところがあるんですよ(笑)。まあ、最近はお互いの国をたくさんのシェフが行き来していますから、そうでもないけれど。

『時代の流れの中で』

海老沢:曽我部シェフは、もう何度もフランスに行かれていると思いますが、やはりフランスでも印象派の作品をご覧になられたことはあるんですか?

曽我部:もちろんフランスに滞在しているときは、やはり美術館に入りますので、あちこちで目にはしていましたね。それだけではなくて、僕は東京に来る前は名古屋にいたんですが、名古屋のボストン美術館にも何度か足を運んでいて、そこでもモネやルノワールは見ていました。ただ、今回のように“印象派”というテーマで見たことはなかったです。だから、今回新たな気持ちでいろんな視点や角度で見ることが出来たのは勉強になりましたね。
印象派だから、と言うわけではありませんが、あらためて本物を見る大切さも感じました。展覧会の画集も合わせて拝見したのですが、これだと大きさが実感としてわからないんですよ。本物を観ると、自分が漠然と想像しているよりも大きかったり小さかったりするじゃないですか。絵って近くで見るのと離れてみるのとでは全然印象が違うんです。だから、あらためてモネの大きな「睡蓮」を見ると、「きっとこのぐらいの距離から、こういう感じで見せたかったんだろうな」みたいなことが肌で感じられましたね。

高山:さすが、絵と料理というフィールドの違いこそあれ、一線でご活躍される方のご意見ですね。さきほどお料理の世界でも、フランスと日本で影響しあっているところがあるとのことでしたが、印象派の画家たちも結構日本の文化に影響されていますし、日本では印象派の作品がすごく人気があるんですよ。曽我部さんは印象派の魅力ってどういうところにあると感じられましたか。

曽我部:やはり最初に感じた“光”の表現の部分が大きいですが、絵画の歴史を変えたというところもすごいと思いますね。印象派の作品を見ていると、時代の流れみたいなモノを感じるんですよ。というのも、今、料理界自体が過渡期と言いますか、すごいスピードで動いているんですね。印象派の人たちが19世紀に新しいスタイルを確立したように、料理界もまた新たな時代に突入している感じがするんですよ。

宮澤:1970年代のフランスでは、バターや生クリームを減らした軽いソースや、新鮮な素材を短時間で加熱調理する等の軽い料理を志向した「ヌーヴェル・キュイジーヌ(=新しい料理)」みたいな運動もありましたよね。

曽我部:そうですね。でもヌーヴェル・キュイジーヌも今は全く過去のものですね。今でもフランス料理が世界の高級料理の原点であるのは間違いないと思います。今のアメリカン・キュイジーヌだとかカリフォルニア料理だとかも、日本人がフランスで修業するようにアメリカ人がみんなヨーロッパに入って、それを持ち帰って現地で創り出したものなんですね。だからフランスに行くと日本人のシェフはもちろん、いろんな国のシェフたちがいますよ。そういう意味ではフランス料理はやはり最高峰として認められている。しかし、今の時代は料理そのものがすごいスピードで進化していますし、世界の料理が融合と言いますか、和も洋も中華もないというぐらいグローバル化しているんです。そしてその流れはどんどん進む一方なんですね。そういう状況下で、料理人としての自分の位置をどこに置くかということが、難しい時代になってきていると思うんです。
だから、大事なのは自分の感性をしっかり表現することだと思うんですよ。ルノワールは人間を対象にしていますけれど、目の前に立っている人は同じでも、描く人によって絵は変わってくるわけでしょ。それはつまり、描く側が感じていることが違うということだと思うんです。もちろん技術的な違いもあるでしょう。料理で言えば使っている素材の違いもあるかもしれません。しかし、人によって感性は違うわけだから、それが絵であれ料理であれ、要するに自分の感性を表現したものなんだと。そういうことがあらためてよくわかりましたね。


【編集後記】
「モネ、ルノワールと印象派展」では、皆さんに、印象派絵画をより深く、より身近に感じていただけるようにと、“五感で楽しむ印象派”と題し、展覧会会期中に様々なイベントを開催しています。
 その味覚のパートで、プロヴァンス料理によって、見事に印象派の世界をお皿の上に表現してくださった曽我部シェフ。お話を伺って、料理の味、素材、色等に対するそのこだわりは、キャンヴァスを前にした画家の姿勢と共通するものを多く感じました。そして、“創作、表現するということの原点“を、“五感で感じることの大切さ”をあらためて認識させられました。
お客さまからも大好評のタイアップメニュー。是非、今後もこのようなコラボレーションを実現させていきたいです。 (高山)