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学芸員によるコラム

1ただ猫を並べただけではない猫物企画の決定版!
2暖を取る猫たちの姿が暖かいちょっとモダンな昭和の暮らし

暖を取る猫たちの姿が暖かいちょっとモダンな昭和の暮らし

猪熊弦一郎《三匹の猫》制作年不明 インク・紙
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 ©The MIMOCA Foundation

俳句の冬の季語に竈猫かまどねこというのがある。かつて台所は土間で、そこに竈があり、寒い冬に猫たちは火のなくなった竈に入って暖をとっていた。家の中の一番暖かいところを知っているのはいつの時代も猫たちである。画家・猪熊弦一郎(1902-1993)の田園調布のモダンな家に、竈のような前近代的な代物があったとは考えにくいが、猫たちは灰だらけにならないもっといい場所を知っていた。それは部屋に置かれた小さな火鉢の周りである。
火鉢という今ではレトロな暖房器具の上には、それとは裏腹のお洒落なデザインのやかんが置かれているのが、文化の最先端にいた猪熊らしい。右上に端が見えているベッドも当時の個人宅としてはモダンで、これに猫たちが乗っている絵もある。火鉢の横には炭箱があり、一番手前には裁縫道具入れ。別の絵ではこの箱を前に裁縫をする妻の姿が描かれている。その絵にも猫が描かれており、ちょっと懐かしい昭和の暮らしぶりがうかがえる。
それにしても火鉢のそばにいる猫たちを描いたこの作品に特に落ち着きや安定感が感じられるのは、丸い形の、静かに休む猫の形を思わせるやかんのせいではないだろうか。弟子の画家、荒井茂雄によると「特に猫は先生の絵と相性がいいんですね。肢体のすべてが曲線でできていて、目にも感覚的にも柔らかい。女性とも合うので裸婦と猫もよく描いていました」(『アンド プレミアム』2017年9月号)。
ここに描かれた猫たちが求める暖かさは、ひいては猪熊が猫たちに感じる暖かさであり、ぬくもりであり、愛らしさでもある。猫に対する彼の愛情は大きな油彩画よりも、むしろこうした小さなスケッチから伝わってくる。彼にとって猫は当たり前の存在であると同時に特別な存在であった。身の周りのどこにでもいた猫たちを、まるで呼吸するかのように次々とスケッチした作品は、猫のあらゆるポーズを捉え、猫好きをもうならせる観察眼の鋭さが光っている。と同時に、猫に対する特別な思いが、そこには描き込まれているのである。

(ザ ・ ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男)

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