ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまでベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで

COLUMN
コラム

白耳義ベルギーと聞いただけでふくらむ不思議な期待

《聖クリストフォロス》

ヤン・マンデイン 制作年不詳 油彩、板 ド・ヨンケール画廊

 奇想とは、普通では思いつかないような奇抜な発想という意味である。この展覧会は15世紀末からフランドル(フランダース)で活躍した画家ヒエロニムス・ボスが始めた絵画上の「奇想」の伝統を、今日のベルギーを中心とする地域の画家に長く受け継がれることとなった原点としてその展開を辿っていくものである。
 ボスの生まれたセルトーヘンボスの町が現在ではオランダ領になってしまっているように、またリールがフランスの都市になったように、この地域はオーストリア、スペイン、フランス、そしてオランダと様々な国々の支配を受けてきた。一方、この地域は絵画やタペストリーが重要な産業として栄えていたが、異国の為政者のもとにあって、ときにはキリス卜教的図像体系から離れた、豊かな空想の絵画世界が展開し、人々はそこに遊んだ。中世末期、誰もがまだ、画家が写実的に描く地獄や天国の存在を、そして怪物がいることを固く信じていたのである。

ボスとブリューゲルの世界

《大食》

ピーテル・ブリューゲル(父)[原画]、ピーテル・ファン・デル・ヘイデン[彫版]
1558年 エングレーヴィング・紙 神奈川県立近代美術館

 ボスが想像力を全開にして、人間、獣、魚、昆虫や身の回りの道具などを自由に組み合わせて描いた独創的な悪魔や怪物の姿は、生き生きとした魅力に富んでいる。キリスト教社会にあってボスは人間の根源的な罪を見つめ、欲望に支配された人間たちを待ち受ける地獄イメージを写実的な手法を使って鮮明に描き出した。本展出品作《トゥヌグダルスの幻視》はボスが活躍していた頃に彼の工房で制作されたものだが、恐ろしく、グロテスクで、ときにユーモラスなボスの世界がよく表れている。ここにはあるとき仮死状態に陥った放蕩の騎士トゥヌグダルスの魂が体験した地獄の様子が描かれている。恐ろしい懲罰を目にしたことで彼は後に悔い改めたといい、罪を象徴する巨大な頭部が印象的な作品である。1516年にボスが亡くなった後、十数年を経てボス・リバイバルが起こる。中でも聖人に攻撃を仕掛ける悪魔たちの図像は、ヤン・マンデインら次の世代の画家たちによって描き継がれていった。
 ピーテル・ブリューゲル(父)はこの地域のことわざや農村生活、人々の暮らしを精緻に描写した作品で知られるが、若い頃アントワープの版画商コックの依頼で、ボス風の奇想に彩られた版画の下絵を制作した。キリスト教の教えや徳目、世俗的教訓を伝えるそれらの版画を通じて、彼は「第二のボス」「この世の新しきボス」と讃えられた。しかし自然や民衆の暮らしを鋭い観察眼で捉えたブリューゲルの作品では、ボスが綴る聖書や異界に当時の社会の日常的な枠組みが与えられ、その奇想に現実味が感じられたことが人気の理由であった。

ルーベンスの世界

 バロックの巨匠ペーテル・パウル・ルーベンスは本質的には幻想の画家ではなく、宮廷の外交官としても活躍した彼は、むしろ物事の現実的な側面を見るのに長けた人物であった。しかしながら、対抗宗教改革を進めるカトリック教会からの要請で、ルーベンスも悪魔や怪物を描く機会を与えられた。それらは人間と動物を融合しながらも、古典古代やミケランジェロの人体表現を土台にしたもので、理想的ながら誇張された表現は、バロック芸術特有の躍動感が加味され、激しい感情の表出としての奇想が表現されたのである。ルーベンスの世界は複製版画を通じて広く行き渡り、17世紀の人々にセンセーショナルな視覚体験をもたらした。
 次に来る18世紀は啓蒙主義の時代である。科学が発達し、世界が近代へと脱皮していく中で、事物の闇も、心の闇も次第に消されていく。それはまた奇想がしばらく影を潜める時代でもあった。

ベルギー象徴主義の世界

《レテ河の水を飲むダンテ》

ジャン・デルヴィル
1919年 油彩・キャンヴァス 姫路市立美術館

 奇想の系譜を受け継いだのは19世紀の象徴主義の画家たちであった。彼らは目に見えない世界、あるいは心の中の世界を描き出し、あるいは描いたものに深い精神性を秘めた別の意味を与えた。その先駆けとなったフェリシアン・ロップスは版画、挿絵、油彩など様々な分野で才能を発揮した。まだキリスト教的な慣習に縛られていた社会を辛辣に風刺し、自由な想像力によって反社会的なエロティシズムを謳歌し、悪魔的な作品を残した。特にフランスの象徴主義の詩人ボードレールとの出会いを通じて、反宗教的・反ブルジョワ的強迫観念を強め、表現の更なる自由を追求した。ロップスの作品の冒涜性、衝撃性は激しい批判を浴びたが、そこには社会への告発が秘められており、後の世代に強い影響を与えた。
 産業革命と共に世の中が大きく前進する中で、人々は遠い異国や過去の世界に関心を向け、おとぎの世界を夢み、自分の殻に閉じこもりたいという逃避願望が強くなっていった。不可解なものには次第に光が当てられても、心の闇と避けがたい死の存在は逆に鮮明さを増していった。印象派へと連なる写実主義の流れとは真逆のこの潮流は、象徴主義としてその存在感を増し、19世紀後半、前衛芸術を受け入れる寛大な土壌があったベルギーはその一大中心地となった。代表格であったフェルナン・クノップフは、時が止まり、音が消滅したような雰囲気を好み、精神性の高い繊細な世界を追究した。両性具有的な女性像によって特徴づけられるその作品は、これまでとは違った奇想の系譜をベルギー美術にもたらした。静寂あるいは精神性という点では、レオン・スピリアールトやドグーヴ・ド・ヌンクらの作品もこの系列に属するものである。
 一方、ジャン・デルヴィルは、ロップスの方向とは反対にカトリック神秘主義を奉じ、薔薇十字会に傾倒し、より秘教的な境地に至った画家である。その最盛期の作品であるダンテの神曲をテーマにした本展出品の大作のように、淡いパステルカラーでまとめられた画面には華麗な雰囲気が漂い、神秘主義に対する彼独自の解釈が見られる。
 仮面を描いた画家ジェームズ・アンソールは独自な存在である。作品に取り入れられたグロテスクに誇張された仮面は、人間の醜い本性を暴露するものとしての奇想である。同時に、骸骨を死の擬人像として頻繁に用いている点はいにしえの北方美術からの引用が指摘され、悪魔的な生き物を表現する際には、ボスやブリューゲルの原型をもとに自由な空想を膨らませている。

20世紀・デルヴォーとマグリット

《大家族》

ルネ・マグリット
1963年、油彩・キャンヴァス 宇都宮美術館
©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2553

 同じブリュッセルの美術学校に学び、イタリアの先駆者ジョルジョ・デ・キリコの「形而上絵画」から影響を受けた両者の後の展開は大きく異なるものだった。ポール・デルヴォーは少年時代以来の関心から古代ギリシア・ローマに想を得たモチーフを繰り返し描いた。夢想を思わせる非現実的な光景の中に、ときには裸身の人物や骸骨を配するデルヴォーの作品は、シュルレアリスムの典型的作品であるとともに、詩情あふれる奇想の世界の描写となっている。
 シュルレアリスムのグループとは離れたところに身を置いたデルヴォーとは異なり、ルネ・マグリットはブリュッセルのシュルレアリスムの中心的存在であった。デペイズマンと呼ばれる日常的なモチーフのありえない組み合わせや、描かれたイメージとタイトルの齟齬(そご)などによって、観る者の固定観念にゆさぶりをかける作品がマグリットの真骨頂である。特に彼が目を付けた言葉と図像の関係の恣意しい性は、マルセル・ブロータールスら現代の作家にも引き継がれたが、その背景にはベルギーにおける言語問題も関係しているはずである。三つの言語を公用語とするこの国には「国語」という概念はなく、相手の話すことばに対する探り合いが普通のこととして行われている。

ヤン・ファーブルと21世紀の現代美術

《フランダースの戦士
(絶望の戦士)》

ヤン・ファーブル
1996年 昆虫、甲冑、金網、木材 国立国際美術館
©Jan Fabre-SABAM, Bruxelles
& JASPAR, Tokyo, 2017 E2553 撮影:福永一夫

 ヤン・ファーブルはボスら15−16世紀の宗教画や歴史から主題やイメージを抽出し、昆虫や動物を介在させながら、過去と現在、男と女、生と死など相対する事象のはざまに言及する。昆虫や羽といったその大胆な素材を自在に使った作品は奇想の系譜に置くにふさわしい。特に無数の甲虫を集めて表現された出品作品《フランダースの戦士(絶望の戦士)》は、死という永遠の主題も感じさせる。
 グローバリズムの現代にあって、自身の原点を意識的に作品の中で問い直す態度は、ベルギーの作家たちに共通する姿勢である。象徴派的な内省的姿勢、骸骨への偏愛。それはいにしえの巨匠たちに対するオマージュであり、最後に残った闇としての死を強く意識させるものとなっているのである。
 1830年に独立国となったベルギーのアイデンティティとはなにか。九州ほどの国土の北と南では言葉が違うこの国において、この奇想の系譜によって繁がれてきた美術の伝統こそが、そのひとつなのである。

Bunkamura ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男