美術の歴史のなかで、いつ頃、どのような過程を経て「風景画」が誕生したのかを問うてみるのは、大変興味深いことである。幸い、わが国の美術愛好家にもなじみ深いウィーン美術史美術館には重要な風景画が所蔵されているので、厳選された約70点の作品を本展で展示することによって、私たちの抱いている興味に答えることができる。

 よく知られているように、そのなかに人物を描くことのない純粋な「風景画」は、17世紀のオランダを中心とする文化圏で生みだされている。だがそれ以前にも、たとえば、イエス・キリストの降誕の場面の背景にそれを祝福する美しい風景が描き出されているし、聖母マリアが危難を避けてエジプトへと逃れる途上で、嬰児イエスを抱きつつひとときの休息をとる場面には、いかにも平穏な心休まる風景が描き出されている。また風景とは単なる空間の広がりのことではなく、人がそこに生きて過ごしている時間の流れでもあるとするならば、このような人が存在し生きている空間と時間の表現は、古代より描き続けられて来た一年12ヶ月の月暦図のなかに年中行事や風景とともに見られる。さらに画家たちは、心の中に想像される幻想の風景も描いた。ネーデルラントの画家ヒエロニムス・ボスの工房で生みだされた奇妙な「風景画」は私たちを大いに驚かせ楽しませてくれる。

 本展は、風景画の誕生というドラマをたどりながら、個性豊かなそれぞれの「風景画」の中を、まるで旅するかのようにご覧いただくことのできる展覧会である。

木島俊介(Bunkamuraザ・ミュージアム プロデューサー)

見どころその1

ウィーン美術史美術とは


(左) ウィーン美術史美術館外観、(右)エントランス

音楽の都ウィーンに19世紀末の都市改造計画の一環として、約20年の年月をかけて建設されたウィーン美術史美術館。その建設に際しては、金銭的・時間的制約は一切設けられず、 ルネサンスやバロックなどの様々な様式を織り交ぜた、まさに贅の限りを尽くした美の館が誕生しました。当美術館が誇る、600年にわたりウィーンに君臨したオーストリア・ハプスブルク家の栄光の歴史を反映する、数十万点におよぶ膨大なコレクションには、歴代の皇帝の趣味嗜好に基づき、鋭い審美眼によって選び抜かれた7,000点もの名画が含まれ、ドイツ、フランドル、オランダなどの北方絵画の傑作やイタリア・ルネサンスの珠玉の作品が一堂に会しています。

ネーデルラントの総督でもあったヴィルヘルム大公はハプスブルク家のなかでもとりわけ熱心な絵画の収集家でした。

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(上)[参考図版]ダーフィット・テニールス(子)《レオポルト・ヴィルヘルム大公のギャラリー》
(下左)ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《タンバリンを演奏する子ども》1510–15年頃 油彩・キャンヴァス
(下右)ドッソ・ドッシ(通称) 《聖ヒエロニムス》1517-19年頃 油彩・キャンヴァス

ハプスブルク家の豊かなコレクションのなかには、同家が統治していたネーデルラント地方の、15世紀後半から17世紀にかけての「風景画」の黎明期といえる作品も数多く含まれていました。また光と色彩の見事な調和の中で、自然と人間との親密な関係を謳い上げたヴェネツィア派の画家ティツィアーノやフェラーラ出身のドッソ・ドッシの秀作も必見です!

見どころその2 個性豊かな作品で綴る「風景画」誕生の物語!

聖なる物語の背景に登場する風景は次第に画面のなかで存在感を増し、様々な主題と結びついて展開していきます。風景を主役にしたユニークな視点により厳選された、「風景画」という概念を覆すような個性あふれる作品群をお楽しみいただけます。


ヒエロニムス・ボスの模倣者《楽園図》1540-50年頃 油彩・板

これも風景?

15世紀末から16世紀にかけてネーデルラントで活躍した奇才の画家ヒエロニムス・ボスの流れをくむ奇想あふれる楽園図が登場

見どころその3 カレンダー・ペインティング(月暦画)の間が登場!


レアンドロ・バッサーノ(通称)
《5月》 1580-85年頃 油彩・キャンヴァス

会場には一年12ヶ月や季節の営みを描いた月暦画や季節画をぐるりと配したカレンダー・ペインティングの間が登場。風景の中を旅するように巡りながら、様々な時の流れをお楽しみいただけます。