バンクス花譜集とは?

英国自然科学界の巨人、ジョゼフ・バンクスの若き日の冒険

『バンクス花譜集』は、ジョゼフ・バンクス(1743-1820)がジェームズ・クック(1728-79)の第一回太平洋航海に同行して収集した植物標本と、現地で画家に描かせたドローイングをもとに制作された全743枚からなる豪華植物図譜である。
本図譜を企画したバンクスはロンドンで生まれ、曽祖父が購入した領地があるリンカンシャーで少年時代を過ごした。リンカンシャーにある大聖堂には、50歳の時にバンクスに捧げられた次のような献辞が刻まれている―

いかに世界が広くとも、あなたの足跡は世界の至る所に見つけられる

参考図版:ベンジャミン・ウエスト《ジョゼフ・バンクス卿》
1771-72年 油彩・キャンヴァス ウーシャーギャラリー、リンカンシャー蔵
The Collection: Art and Archaeology in Lincolnshire(Usher Gallery, Lincoln)

主に独学で植物学を学んだバンクスは植物学者ではなかったが、生来の旺盛な好奇心と不屈の意志に加え、豊富な財力を味方にして、自ら危険な探検旅行に出かけるだけでなく、多くのプラント・ハンターを各地に派遣して植物を収集した。また王立協会の会長を42年間続け、キュー・ガーデンの礎を築くなど、生涯を通して英国の自然科学界の発展に寄与した科学の庇護者としての功績も大きく、そのスケールの大きい活躍には目を見張るものがある。

なかでも、若き日の太平洋航海は彼の名声を不動のものにしたと言える。現在、リンカンシャーには航海から帰国して5ヵ月後に描かれたバンクスの肖像画が残されており、若きバンクスは持ち帰った民族資料に囲まれて誇らしげに佇んでいる。ニュージーランドで布作りに活用された植物であるフラックスでできたコートに身を包み、それを指で示していることから、この肖像画は航海の輝かしい成果だけでなく、有用植物活用などへも尽力したその後の精力的な活動をも示唆しているかのようである。
本展覧会でご紹介する『バンクス花譜集』は、25歳のバンクスが仲間とともに自ら現地に赴き、驚くべき勇気と旺盛な好奇心とで世界と対峙した、若き日の眩しすぎる夢の結晶である。その波乱万丈のドラマに触れる時、美しい絵としか思われなかった植物画からは、新しい世界に出会った時の興奮と喜び、そして度重なる危険に対する恐怖までもが入り混じった心の高鳴りが聞こえてくるだろう。

Bunkamuraザ・ミュージアム キュレーター 三谷知子