ミュージアム開放宣言“ミュージアム・ギャザリング” ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:石川真澄さん@『俺たちの国芳 わたしの国貞』展


『牛丼的小宇宙』


海老沢:ザ・ミュージアムでは西洋美術を扱うことが多くて、浮世絵の展覧会は初めてなんです。渋谷にある企業美術館だからこそ、日本の伝統文化としての価値を前面に押し出すというよりも、今の若い人たちに当時の大衆文化を気軽に楽しんでいただきたいというところから広報をスタートしました。ただ、そうはいっても、今の時代に若い人たちに美術館に足を運んでもらうのはなかなか難しいんですが、今回は本当に街でポスターを見て、展覧会に来てくださる方がいらっしゃるんです。やっぱり漫画文化に親しんでいる人たちにとって、浮世絵は身近に感じられるんだなと思いました。

石川:僕も漫画が大好きですし、水木しげる先生の妖怪漫画も子供の頃から読んでいました(笑)。だから、自分が浮世絵に魅了されたのはある種の必然。当時の浮世絵師って今で言う漫画家だと思うんです。作品を作るシステムも似ていますよね。版元が出版社。漫画家さんが絵師で、アシスタントは弟子。で、彫り、刷りを担当するのが印刷会社。しかも当時の浮世絵一枚の値段を考えると、今の少年漫画雑誌の値段に近い。今、販売されている雑誌の表紙をずっと取って置いて、百年後、二百年後に見て楽しんでいる感覚ですね。

佐藤:展覧会のポスターのビジュアルも、ピンクや緑を使って非常にポップですし、特に渋谷にいるような若い人たちはひきつけられると思います。

黒田:浮世絵はエンターテイメントなので、いろんな人に見られることを想定して作られていると思うんですね。例えば役者絵だと、まず何も知らなくても楽しめるようにかっこよく描かれていて、次にその演目を知っている人がその世界観をベースに楽しめて、さらにその役者について知識を持っている人がより深く楽しめる、そういう層がいくつもある。とりあえず歌舞伎を知らなくても、国貞の作品は十分楽しめる、それを改めて感じました。

石川:浮世絵はまだまだ研究対象みたいなところがあるので、こういう展覧会を通して広く開放されて、若い人たちが浮世絵の様式やイズムにどんどん触発されれば、日本のアートがさらに面白くなるんだろうなって思います。

中根:浮世絵の楽しみ方でいうと、僕はまず今回の展覧会を見た時に、どの作品も色がめちゃくちゃ美しいと思ったんです。漫画で言うとまさにフルカラー(笑)。他にも、構図の面白さとか、多色刷りなのに版ズレがないとか、そういうところに感動したんですが、プロの方はどういうところを見ていらっしゃるんですか?

石川:本当に保存状態がいいので、色は美しいですね。技術的な面で言うと、頭部の毛の生えぎわの部分、いわゆる“毛割”は必ず見ます。この毛割が浮世絵の醍醐味だと言っても過言ではありません(笑)。職人の腕の見せ所なんです。今回の作品は毛割が本当にすごいですよ。ここまで出来る職人さんは、もうほとんどいないかもしれない。とにかくいい作品をつくるためにこだわり抜く、そういう職人たちの魂が伝わってきます。

海老沢:これだけ作り手がこだわっていてクオリティの高いものが、漫画本として買える値段で庶民の文化として存在していた、このギャップも面白いですね。今の日本でこのクオリティの作品をこの値段で流通させられるかというと、おそらく無理だと思います。当時の方が文化的なレベルが高いと言えますね。

石川:職人同士で切磋琢磨していたというのもあると思います。もちろん、当時の浮世絵でも、刷りがずれているような作品もあったと思うんですが、今回出展されている作品は、どれも彫りも刷りも素晴らしいですね。あと、国貞と国芳の違いを楽しむという意味では、美人画にも注目してみてください。国貞の方が顔の輪郭が少しシャープで、いい意味の荒っぽさがあって“粋”なんです。国芳の方は全体的に少し丸っぽさがあって、目の下からちょっとふっくらしている。かわいらしさくてチャーミングな感じ。当時の女性を描く様式として、切れ長で面長のうりざね顔という条件がフォーマットとしてあって、その中でそれぞれの個性を出しているんですね。もちろんこれはどちらが優れているということではなく、彼らの好みの差です。

黒田:今回の展覧会の作品をすべて見ていただくと、初めての方でも国貞と国芳の作品の区別がつくようになると思います。微妙な差なんですが、見分けがつくようになれば、またその違いを楽しんでいただけるのかなと。

石川:違いという意味では、西洋美術と比べるのも面白いですよね。浮世絵は、基本的に“線”で表現していて、パーツごとに色を分けて、レイヤーを重ねるように刷っていく。これらの技法から生まれるフラットな感じは明らかに西洋美術にはない世界観です。西洋美術の写実表現が、光を意識した“面”によるものだとすると、浮世絵の世界で重要なのは“線”。雨を表現する線、岩の硬さを出す線、人の柔肌を出す線、線を使い分けることでさまざまな質感を表現する、それが浮世絵ならではの良さだと思います。あと、絵師たちがこだわる場所が面白いですね。髪の毛でも、生え際はものすごく繊細なのに、それ以外は割とベタ塗りが多い(笑)。まつげの描写もすごく細かいですが、下のまつげが眼に入るように上向きに描かれています(笑)。ありえないけれど、それも絵師のこだわり、独特のセンスですよね。

黒田:西洋美術で写実的な絵だと目の前の空間をいかに再現するかということを考えるので、おのずと構図や色の制約が出てくると思うんですね。その点、浮世絵には何も制約がありません(笑)。何でもできる。例えば国貞の《当世好男子伝》シリーズでは、描かれている役者と背景の闇に関係性がない。現実的には、このぐらいの闇の中に人がいると、顔ももっと暗くなるはずなんです。でも全く別々に存在しています。それぞれのモチーフがどう関係しているかじゃなくて、いろんな世界、視点が重なっていて、それが調和している。浮世絵ならではの世界観だと思います。

石川:絵としてはもちろん、ブロマイド、新聞、雑誌、広告、そういうメディアとしての役割を、当時の浮世絵がすべて担っていたと言ってもいいんじゃないかと思うんです。だから一枚の絵にいろんな情報が集約されている。時には洒落が効いていたり、反骨精神みたいなものが隠されていたり、そういう匂いが感じられるところがすごく楽しいですね。僕は浮世絵って“牛丼”みたいなものだと思うんです(笑)。庶民のための食べ物で、そのまま普通に食べても美味しいんですが、卵を入れたり紅しょうがを入れたりして、混ぜて食べるとさらに美味しい。いろんなものがごちゃまぜになっているのに、ちゃんと一つの世界を表現していて、みんなを満足させるところがまさに“浮世絵”だなと(笑)。

海老沢:一枚の絵にこれでもかっていうぐらい描き込んでいますが、この情報量の多さ、読み解きの楽しさも日本人好みなのかもしれません。

石川:日本の伝統芸術としての浮世絵と捉えると敷居が高くなってしまうかもしれませんが、今回の展覧会を見て、“なんでもあり”という浮世絵のイズムを感じてもらえたら嬉しいですね。単純にカッコいいとか、美しいとか、自分なりに感じて楽しむこと。それが浮世絵を見る上で一番大事だと思います。自分の作品も、ただ浮世絵の様式で描くだけでは意味がないので、浮世絵の様式やイズムをしっかり取り入れながら、自分なりの新しい浮世絵としてアウトプットしていきたいと思います。

  編集後記
 
 

石川さんとのご縁は、国芳国貞展のテレビの情報番組でのゲストとして「浮世絵師 石川真澄氏」にご登場いただいたのですが、失礼ながらかなりご年配の職人さん的な方が現れるのではと思っていたらお若く軽やかな方でそのギャップにびっくりしたことが始まりでした。
今回の国芳国貞展は、Bunkamuraにとっては珍しい日本美術の展覧会でしかもはじめての浮世絵展ということで、若い方々に楽しんでいただくためにはどうしたらいいかということに色々頭を悩ませ工夫を重ねてきました。そんな中で、石川さんが「現代の浮世絵師」として、映画「スターウォーズ」とのコラボやロックバンドKISSとのコラボなど、昨今の浮世絵のインターナショナルな人気の象徴するような活動をされていると伺い、まさに展覧会を語っていただくのにぴったりのかたではと思ってお声掛けさせていただきましたが、まさか浮世絵師になったきっかけが国芳作品だったとは!
自分たちの身近な文化が、昔からの文化の積み重ねの中で育まれてきたものだということが浮世絵を見ていると実感できます。古いものと新しいものをつなぐ石川さんの今後の活動にも注目です。 海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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