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今月のゲスト:沖仁さん@アントニオ・ロペス展


『愛情の結晶』


高山: 《グラン・ビア》以外にも、気になった作品はありましたでしょうか。

沖仁: いろいろ好きな作品はありましたけど、やっぱり《マリアの肖像》がいいですね。この絵に関しては、スペインを感じられるということじゃなくて、まず自分の娘とかぶるんです(笑)。この時のマリアさんって9歳ですよね。今、娘が8歳なんで、ちょうど同じ年ぐらい。そう思うと無条件にぐっと来ちゃう(笑)。また、彼が愛しいと思って描いているのがストレートに伝わってくるんですよ。この年頃の子供ってすぐに成長して変わっちゃうから、今、この時の彼女のことを描きたかったんだろうなって。でも、愛情はあるんだけれど、感情に流されずに、彼女の純粋でまっすぐな視線を確かな技術でしっかり捉えていますよね。そこにすごく惹かれます。

宮澤: この作品のすごいところは鉛筆画だっていうところなんですよね。鉛筆を使って描いている技術は、専門的な目から見てもかなりのものなんです。それでいて、顔の目のところについた汚れを直さないところが謎ですよね(笑)。技術的には直せると思うんだけれど、そこにロペスなりのこだわりがあるのかどうなのか。

高山: ご覧になる方も、説明を読むまでは鉛筆で描いたってわからない方もいらっしゃいます。この絵は、今はマリアさん自身が所蔵していらっしゃるんですね。シンプルだけれど、物語を感じる作品です。

国川: 沖仁さんのブログを拝見すると、音楽のこと以外にご家族の方の記事も多いですよね。ご家族とのつながりや生活が制作の源になっていらっしゃるところもあるのかなと。そのあたりはロペスと共通されているのかもしれませんね。

沖仁: そうですね。フラメンコでも、歌われている内容は家族のことが多いんです。自分の親や子供は一番身近な存在でありつつ、親子、家族っていうのはテーマとして深いじゃないですか。そこを掘り下げているから、結局大勢の人に伝わるということなのかなと。僕はフラメンコってそういう音楽だと思っているし、そういう視点からもロペスの作品は共感できるところが多いですね。

国川: 今も家族が近くに住んでいて、みんなでサポートしているようなところがあるんですね。今回展示されている作品でもお孫さんの顔を描いた絵や頭像があります。

沖仁: お孫さんを描いた絵の中に、ちょっとデスマスクっぽくて怖い感じがするのもありますけどね(笑)。

高山: でもよく見ると、私の息子も小さい頃はこんな寝顔だったかもしれないと思いました(笑)。

沖仁: 展覧会の最後の方は、写実的な彫刻が多くなりますけど、ロペスも若い頃はもっと実験的な作品を作っていたんですよね。

宮澤: 若い頃はいわゆるシュルレアリスムの影響も受けているから、いろいろ実験的な作品も作っていたでしょうね。だから今回の作品でも、人物画なんかは一見写実的のようですが、ちょっと変わっていますよね。《食器棚》も上の方に奥さんの像が浮いているでしょ。そういう表現をしながら自分の世界を作っていって、そこからだんだんと対象を淡々と描くようになってきたんでしょうね。

沖仁: 人生の後の方の時代になってから、また新しい自分のスタイルが出来てくるということが素晴らしいと思いますし、そういうのはアーティストとして励みになりますね。

宮澤: ロペス本人は、自分には制作に3つの柱があると言っていて、それは油絵とドローイングと彫刻だと。どれも同じように重きを置いているって言うんだけど、最近は彫刻に重きを置いているように見えますね。作品もどんどん巨大化している。今70代の後半なので、あんまり細かい仕事ができないのかなっていう感じもします。若い時の作品は本当に細かいですよね。でもまた、グラン・ビアの新たなシリーズに取り組んでいるそうなんですが、精力的ですよね。だからいまだに変化し続けているといってもいいかもしれません。

高山: 沖仁さんは、演奏しているときに、頭の中に人物や風景が浮かんでいたりするんですか。それこそ住んでいらしたスペインの風景とか。

沖仁: 曲によってはありますし、できればそういうイメージで演奏できたらと思っています。音のことだけを考えていると、ただギターを奏でているだけで、それ以上のものにならないんじゃないかって思う事があるんです。だから自分もそうですし、聴いている人が人や風景を思い浮かべてくれるような演奏ができればいいですね。

宮澤: 演奏をお聞きしているとスペインの乾いた空気のイメージがわいてきますよ。スペインに吹いている風が感じられます。だからロペスの風景画が持つ、空気感や色彩と合っているのかなと。

沖仁: そういっていただけると嬉しいですね。

中根: 僕も今回の展覧会で、ロペスの作品が持つクールな質感や空気感が大好きになったんですが、時にそのクールさが不安につながる感じもしたんです。《マリアの肖像》のマリアさんの視線も本当に純粋で、だからこちらの考えがすべて見透かされているような(笑)。もちろんそれが不快なわけではなくて、すごくかっこいいと思うんですが。

沖仁: それは面白い意見ですね。でも僕はやっぱりロペスの作品からは基本的に温かみを感じますね。例えばこれがクレヨンのような画材を使っていたり、切り絵のような手法で表現されていたとしても、これだけの温度を感じられるかどうか。確かにシャープだしクールですよね。写真に例えるとモノクロとカラーの間のような色彩ですから。でも作品の奥には彼の深い愛情が流れているように感じます。

宮澤: 写真で撮影しても、それだけでは見たままを再現することはできないですよね。だからこの人は自分が見たものをそのまま表現したいんでしょうね。そのためにひたすら見て、ひたすら描いている。作品の修復作業をした人に聞いたんだけど、ロペスはあんまり絵の具の効果とかを重要視していないようなんです。例えば、絵の具は基本的に白を混ぜると不透明になるんですが、その不透明なものを上からどんどん重ねていくような描き方なんですね。こんなに汚い絵の具を使ってこんなにきれいな絵を描く人はいないと(笑)。画家によっては、下から浮き出てくる色のことまで考えて絵の具を重ねていく人もいるんですけど、この人はただひたすら上に重ねていく(笑)。

中根: それはロペスらしいエピソードですね。そういう風に、何かを積み重ねていくプロセスっていうのは、同じクリエイティブな作業でも、曲作りとはまた違うんでしょうか。

沖仁: 曲作りは時間がかかるけど、演奏するのは一瞬ですよね。だから絵を描く作業とは単純には比べられないんだけれど、作る過程は似ているところもあると思います。後、ロペスの制作プロセスと比べると、やっぱりその作家にとって作品は愛情の結晶のようなものなんだなと。特に彼の作品はそれがしっかり伝わってくるから、見ていて温かい気持ちになりますよね。彼の中では描くという行為は、愛しいと思ったものを作品として残すということだと思うんです。愛しい感情って身近なものから始まるじゃないですか。自分の家族だったり、いつも見ている好きな風景だったり、自分が愛しいと思うからこそとっておきたいという想いですよね。それは自分が曲を作る時も同じなんですよ。巨匠に対して“一緒”っていうのも失礼ですけど(笑)、今回の展覧会を見て、自分のやってきたことが間違っていなかったなって思えました。

国川: 今回、沖仁さんにロペス展のお話をさせていただいた時に、最初に展覧会のチラシを見たときに曲が浮かんだっておっしゃられていたんですが、どんなメロディーなのかがずっと気になっていたんですよ(笑)。

沖仁: そうだったんですね(笑)。そう、《グラン・ビア》が使われているチラシを見た次の日の朝に、この風景のことを考えていたら、自然と頭の中にメロディーが浮かんだんですよ。大体そういう場合って、後から冷静になって聞くとよくないことが多いんだけど(笑)、それは結構いい感じだったんです。だから今後どこかで発表できればいいなと思っています。楽しみにしていてください(笑)。今回、ロペスの絵からメロディーが浮かんだように、僕は音楽だけじゃなくて、写真や風景、言葉とか、視覚的な感覚からインスパイアされるのが好きなんですよ。後、いろんなミュージシャンや違う業種の方とコラボレーションするのも好きですね。他の人と一緒にセッションすることで、すごくいい刺激になる。さすがにこれはないだろうっていうような人や場所との組み合わせもどんどんやりたいと思っています(笑)。そうやって自分の世界をさらに広げていけたらいいですね。

  編集後記
 
 

沖仁さんに直接お会いしたのは、今年3月に行われたBlue Note TokyoでのLIVE終演直後の楽屋でした。白熱したLIVEの後にも関わらず気持ちよくお話してくださり、このようなお人柄だからこそテクニックのみならず豊かな音楽で皆を魅了できるのだと感じました。それから、アントニオ・ロペス展のために曲を提供していただき、オープニングセレモニーでも演奏をしていただいたりと、日本で初めてとなるこの作家の展覧会を一緒に盛り上げてくださっています。そして今回のギャザリング。ロペス作品もまた然り観る人によって捉え方は多様ですが、沖仁さんから発せられた言葉からは、ロペスが作品に描いた対象への愛だったり、制作スタイルに対する強いシンパシーが感じられ、ご一緒させていただいた我々もあたたかい気持ちになりました。
自身の曲が入った本展の音声ガイドも楽しんで聴いてくださっていました。皆様もこの機会に是非合わせてお楽しみください。沖仁さん、ありがとうございました! 

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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