ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:遠山正道さん&林綾野さん@モネとジヴェルニーの画家たち


ID_040: 遠山正道さん(株式会社スマイルズ代表取締役社長)
林綾野さん(キュレイター、アートキッチン代表)
日 時: 2010年12月27日(月)
参加者: ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)
宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム チーフキュレーター)

PROFILE

遠山正道(とおやま まさみち)
株式会社スマイルズ代表取締役社長
食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo(スープ ストック トーキョー)」、ネクタイの専門ブランド「giraffe(ジラフ)」、新コンセプトのリサイクルショップ「PASS THE BATON(パス ザ バトン)」の代表取締役社長を務める。また、ニューヨーク、赤坂、青山などで個展を開催するなど、アーティストとしても活躍。美術館を身近に感じてもらう新たな試みである「オープン ミュージアム プロジェクト」のメンバーとしても活動している。2010年4月には表参道に2号店をオープンした「PASS THE BATON」は、自ら買い付け、店舗ディレクションを行っている。
HP:http://www.smiles.co.jp/index.html

林綾野(はやし あやの)
神奈川県横浜市出身 キュレイター アートキッチン代表。
美術館での展覧会企画、美術書の企画、執筆を手がける。アーティストの芸術性と合わせて、その人柄や生活環境、食への趣向などを研究。手がけた展覧会は『ホルスト・ヤンセン 北斎へのまなざし』 『パウル・クレー 線と色彩』 『英国植物画の世界』 『ピカソとクレーの生きた時代』展など。 主な著作に『ゴッホ 旅とレシピ』(講談社)、共編著書に『ロートレックの食卓』『クレーの食卓』(講談社)、『クレーの旅』(平凡社)など。2011年1月『モネ 庭とレシピ』(講談社)を出版予定。


『モネが愛したスープ』


高山: 今回のギャザリングは、展覧会に合わせたオリジナルスープをご提供いただいた「スープ ストック トーキョー」を展開されている遠山正道さんと、『モネ 庭とレシピ』(講談社)を出版され、本展覧会の音声ガイドの原稿執筆でもご協力いただいた林綾野さんにお越しいただきました。お二人ともこの度は素晴らしいコラボレーションをありがとうございます。

遠山: 今回のお話は私ども「スープ ストック トーキョー」にとっても非常にありがたいお話です。ただ、展覧会に合わせて作ったスープ(“モネのポロ葱スープ“)は、Bunakamuraさんの施設内では提供していないので、うちのお店に来ていただかないと召し上がっていただけないんですが、そのあたりは大丈夫なんでしょうか(笑)。

高山: ええ、でも展覧会のチケットの半券提示によるドリンクサービスなど、いろいろな形で連動させていただくことによって、私たちの施設の周辺にいらっしゃるお客様にもご興味を持っていただくことが出来ますし、やはり“食”と“アート”は密接な関係にありますから、展覧会鑑賞の前後にお食事をなさるお客様もたくさんいらっしゃるはずです。そういう意味ではシーズン的にもぴったりだと思います。それと個人的にも「スープ ストック トーキョー」さんの大ファンでヘビーユーザーでもあるので嬉しいです(笑)。今回の“モネのポロ葱スープ”については林さんもご協力いただいたんですよね。

林: はい、基本的には美食家だったモネ自身が自ら書き残しているレシピをベースにしようと思っていましたので、結構悩みながら作りました(笑)。「スープ ストック トーキョー」のスタッフの方も親身になって一緒に考えて下ったのがありがたかったです。素材に関しても他にもいろいろなものが候補に挙がったんですが、ピンクペッパーとポロ葱の相性が非常によくて、色彩的にも味わい的にもモネの絵画の雰囲気を表現できたかなと思います。

高山: 私も試食させていただきましたが、お味もすごく優しくて身体にしみこむ感じで、それでいてジャガイモのボリューム感がしっかりあって大満足でした。ピンクペッパーもすごくきれいでまさにモネの描いた睡蓮が浮かんでいるかのようですよね。

林: ピンクペッパーは独特の甘くてスパイシーな感じがスープと絡んで、ちょうどいいアクセントになったと思います。

宮澤: 僕も試食させていただきましたけれど大変美味しかったです。あのちょっとどろっとした感じがジャガイモなんですか?

林: そうです。モネが残したレシピの中に、スライスしたジャガイモをソテーして入れるくだりがあったんですね。ただ、「つぶして入れた」という記述が無かったので、あえて食感を残すようにしました。モネは、彼が晩年に多くの時間を費やしたお庭作りでも、斑入りの葉っぱが好きじゃないとか、バラも品種改良をしたものではなくて、原種に近い一重のバラが好きだったとか、どちらかというとありのままの姿のものを愛したと言われているんです。なので、野菜に関してもできる限り素材感や素材そのものの味を生かした方が、モネという人物や作品を表現する上できちんとメッセージが伝えられるんじゃないかと。

高山: まさにモネ自身と作品が持つ雰囲気がそのままスープとして再現されていると思います。

宮澤: それにしてもモネってすごく太っていますよね(笑)。やっぱり食生活が原因なんでしょうか?

林: やっぱり食だと思います(笑)。すごく早寝早起きだったらしくて、お酒も飲んでいたと思いますが、次の日に残るほどの深酒はしていなかったはずです。

海老沢: モネの残したレシピの中に、そういう太った原因なんかもわかるような記述ってあるんでしょうか。

林: あります(笑)。基本的にすごくたくさん食べますし、ものすごい量のバターを使うんです。例えば、まず煮立ったお湯にたっぷりバターを入れる、みたいな調理法から始まる料理なんかもあるんですね。そういう手法そのものが私たち日本人だと想像もできないじゃないですか(笑)。でもそうやってバターをふんだんに使うレシピが結構あるんですよ。

宮澤: ジヴェルニーは地理的に言うとノルマンディの端でしょ。ノルマンディっていうとやっぱりクリームとかバターのイメージがありますよね。しかも今でこそ違うけれど、昔はサラダのように生で野菜を食べる習慣って無かったと思いますしね。今回ちょっと困ったのは、モネの義理の娘ブランシュ・オシュデ=モネが写った写真を会場に展示するかどうかだったんですよね。結果的には飾ったんだけれど、おそらくみなさんの想像以上にぽっちゃりした体型なんですよ(笑)。まあ当時の典型的なフランス人の体型とも言えるんですが。

林: モネのレシピを紐解くと、“好きなものを好きなように食べていた”生活が浮かび上がってくるんですね。そもそもキッチンがすごく広いですし、素材の仕入れや管理も厳密に指示していたようです。お庭で野菜を作ると空気が変わってしまうので、別館を作ってそこで野菜を育てたり、鶏や七面鳥も専用の小屋で育てたり。本人は料理をせずに料理人を雇っていたようですが、マラルメなど芸術家仲間にもいろんなレシピを教えてもらうなど、やはりフランス人ということもあってか、食に対する意識は非常に高かったようです。

宮澤: 今回のモネのポスターにはピンク色の《睡蓮》の絵が使われているんですが、例えば「スープ ストック トーキョー」さんで、ピンク色から発想して、甘い味わいのスープみたいなものって出来るんでしょうか。

遠山: もちろんそういう甘みのあるデザート・スープも出来ます。確かにこのピンク色は非常に印象的です。ただ、そもそもスープって日本では主役ではなくてサイドアイテムとして認識されていますよね。そうではなくて、私たちはスープが食事の主役、メインアイテムになるように格上げしたいという想いがあるんです。

高山: 美術館賞に限らず、Bunkamuraを訪れていただくような方々、映画や演劇、コンサートなどの観劇の前後であまり時間に余裕が無いでもちょっとお腹が空いてしまったなあといった時なんかにも、スープで主食になるものがあればすごく喜ばれるしニーズがあると思うんですよね。ですから「スープ ストック トーキョー」さんができた時に、本当にいいところに着目されたなーって思ってたんです(笑)。

遠山: ありがとうございます(笑)。舞台や演劇のようなプログラムの場合は、観る側だけじゃなくて、出演する側も時間が少ない場面が多いでしょうから、そういうときにも主食になるスープがあればお役に立てるかもしれませんね。「スープ ストック トーキョー」を始める時に、「スープのある一日」という物語の企画書を書いたんです。私たちは日々いろんなものを食べて暮らしているわけですが、その中で“スープを食べる人”っていうジャンルがあるんじゃないかなっていう感じがしたんですよね。朝・昼・夜を問わず、自分の好きな時間にスープを食べてホッとする、そういう人たちや生活がイメージできたんです。

林: まさに、私は朝起きると、鍋一杯にいろんなお野菜が入ったスープを作ることから一日が始まります。お腹の空き具合によって、スープだけをいただいたり、ちゃんと具も一緒にいただいたり。特に寒い冬の時期に部屋で仕事をしている時なんかは、暖房を強くするより、身体の中から暖める方が効果的なんです。

高山: 私も冬は毎朝スープですね。最近ハマっているのはハト麦のスープ。美容にもいいですし、満腹感もあります(笑)。これがあればパンやライスがあまり必要ないぐらいなんです。

林: 画家のパウル・クレーもかなりの美食家で、自分が作っていたレシピを書き残しているんですが、その中に“大麦のスープ”がありました。戦争の前後で食事情が豊かでなかったこともあると思うんですが、他にも大麦などを多用してリゾットにしたりスープにしたりしています。

高山: 林さんには、ザ・ミュージアムで2009年に開催した『ピカソとクレーの生きた時代』展でもいろいろとコラボレーションさせていただきましたよね。実は“ハト麦スープ”は、その際に林さんが出版された『クレーの食卓』(林綾野 新藤信 編・著/講談社)に書いてあったレシピに影響を受けたところもあるんです(笑)。スープって、心も身体も温まるし、満たされる。私は本当にスープ“ラブ”です(笑)。

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