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今月のゲスト:山田五郎さん @愛のヴィクトリアン・ジュエリー展


ID_035: 山田五郎さん(編集者・評論家)
日 時: 2010年1月20日(水) 
参加者: 穐葉昭江(穐葉アンティークジュウリー美術館長)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世、
国川桃子)
宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム チーフキュレーター)

PROFILE

1958年 東京都生まれ 上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学に1年間遊学し西洋美術史を学ぶ。卒業後、㈱講談社に入社『Hot-Dog PRESS』編集長、総合編纂局担当部長等を経てフリーに。現在は時計、ファッション、西洋美術、街づくり、など幅広い分野で講演、執筆活動を続けている。
著者に『百万人のお尻学』(講談社+α文庫)、『20世紀少年白書』(世界文化社)、『山田五郎のマニア解体新書』(講談社)、『知識ゼロからの西洋絵画入門』(幻冬舎)、『純情の男飯』(講談社)など。


『素材と技術が生み出す輝き』


高山: 今日は通常のギャザリングと違って、特別にこの展覧会を監修してくださった穐葉さんと一緒にハイライトツアーを行っていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。

山田: すごく贅沢なツアーでした。説明をうかがうことで初めて理解できたことがたくさんあって、すごく楽しく、勉強にもなりました。本当にありがとうございました。宝石を語る時って、一般には石の種類や大きさと、お店やブランド名、後は値段ぐらいしか話題にのぼらないことが多いですよね。でも、僕は個人的には、その手の情報ってジュエリーにとってあまり重要ではないんじゃないかと思っているんです。その点、今回の展覧会は、ジュエリーの持つクラフト的な価値や魅力がよくわかる、すごくいい内容になっているなと感心しました。

穐葉: そこは一番見ていただきたいポイントなんですね。ジュエリーが明治時代にヨーロッパから日本に入ってきて以降、石の種類、大きさ、カラット数なんかで語られることがやっぱり多いんですが、本来のジュエリーの世界というのは、今日ご覧いただいたように、いろいろな素材と技術によって成り立っている、非常にバリエーションに富んだ世界なんです。

山田: 悪く言えば、今回の展覧会は人によってはがっかりするかも知れませんね。「思ったより派手じゃない」って(笑)。「ダイヤが少ない」とか、「カルティエのような有名ブランドの商品が無い」とか。でも、そこでちょっと足を止めてじっくり見ていただくと、逆によく分かるはずなんですよ。ジュエリーっていうのは、大きさや値段やブランドだけのものじゃないってことが。

宮澤: スティール(鋼鉄)を素材にしたものがありますよね。個人的にはあまり見たことが無くて、すごくきれいだなと思ったんですが、あれって錆びないんですか?

穐葉: 私もスティール素材のジュエリーって好きなんです。独特の輝きを持っていますよね。日本でも勲章なんかには良く使われているんですよ。銀のように酸化はしないんですが、やはり錆びてしまいます。湿気に弱いのが難点なので、絶対にビニール袋のようなものには入れないとか、湿気を浴びたらすぐに拭き取るとか、気をつけないといけないんです。ですから、今回の展示品のように、錆びていない良い状態で残っているものは少ないんです。
今回は銀の食器もたくさん展示されていますけど、銀の食器をお持ちの方なんかは、もったいなくて使えないっておっしゃるんですが、手入れという意味でもちゃんと使ってあげた方がいいんです。使った後は洗えばいいんです。毎日使って洗っていれば、絶対錆びませんよ。

宮澤: うちの家にも銀製の花瓶があって、最初は一生懸命拭いたり磨いたりしてたんだけど、だんだんやらなくなってしまって(笑)。

穐葉: そういうお手入れをするのも楽しみのひとつですから。イギリスの貴族でも、昔は召使いが手入れをしていたんでしょうけど、今の時代はみんな自分でやっていますよ(笑)。そんなに難しく考えなくても、普通に毎日使ってあげればいいだけですから。

山田: 日本では、純銀製の茶器なんかはむしろ無闇に磨いてはいけないと言われますしね。酸化して古色がついた状態の方が「渋い」ってことで。そういう美意識の違いを反映したわけではないでしょうが、同じくらいの純度の銀でも、日本の銀とイギリスの銀とでは微妙に表情が違いますよね。酸化する早さや色の変わり方まで違うような気がします。

穐葉: やはりヨーロッパの銀は伝統がありますから。特にイギリスの銀は“スターリングシルバー”と呼ばれて、世界でも別格扱いされているんですね。もちろん単に純度の問題だけじゃなくて、製造過程もすべて含めての話です。イギリスの銀は本当にすごくて、磨いているうちに出てくる輝きが全然違うんです。今は純銀製と言ってもいろんな素材によるものも多いですから、本当の純銀というのはアンティークの世界じゃないと見られないと思いますね。

海老沢: 今回展示されている銀の作品を見ると、こんなに綺麗なんだと驚きました。私たちがいつも見ているものは何だったんだろうって(笑)。

山田: その辺の違いを、普段からもっと味わって欲しいなと思うんですよ。金属って、冷たくて変化がなくて無個性と思われがちですが、実は表情豊かな素材なんです。僕が大好きな時計の世界でも、よく「金属は生きている」っていわれます。特に合金の場合、同じひとつのインゴットでもどの部分から削り出すかによって、できる部品の仕上がりが違ってくることがある。金属を「寝かす」という表現もあって、しばらく置いておくと木材のように経年変化が出て、微妙に性質が変わってきたりするらしいんです。最先端で活躍なさっている技術者の方たちが証言なさっているので、たぶん本当のことなんでしょう。「理由はわからないけど結果として確かに変わる」って(笑)。そこまで専門的な話じゃなくても、たとえば金なんかは同じ18金でも何を混ぜるかによって色がまったく違ってきますよね。

穐葉: 金に関しても、アンティークジュエリーで使われている金はどうして色が変わるんですか?ってよく聞かれるんですが、今のジュエリーというのは18金でも20金でも最後に必ずコーティングするんです。だから色が変わらない。例えば18金だったら1000分の750が金で後の4分の一は他の金属が入っているわけね、だから変化する、そういうのをほとんどの方はご存じないですね。
ですから、本物の金属が持っている質感を知ってもらいたいんです。金ってこういう色なんだ、銀ってこういう輝きなんだって。石でも金属でもやはり自然のものですから、何らかの影響を受けるでしょうし、永遠のものではないですよね。例えばオパールなんかは美しい石だけれど、イギリスの王室では嫌われているらしいです。色が変わっちゃうから。

国川: 私は10月生まれなのでオパールが誕生石なんですけど、今回の展示にはありませんでした...。そういうことだったんですね(笑)。

山田: 誕生石的に一番残念なのは、僕の生まれた12月かも(笑)。12月の誕生石のトルコ石って、アンティークジュエリーでも今のジュエリーでも民俗調や素朴なデザインばかりで、自分には似合わない(笑)。

穐葉: もちろん、アンティークジュエリーとしてはオパールを使ったものも作られているんですが、やはり色が変化するから王室では使われないそうなんです。乾燥にも弱くて、ひび割れもありますしね。でも、それほど高価じゃない石でも、素晴らしい技術によって美しい作品になるということが、アンティークジュエリーの世界ではよくあるんです。

山田: ジュエリーの価値って、宝石や金銀の天然素材としての希少性だけで語られがちですよね。でも、さほど希少性のない素材でも、職人が細工を施すことで価値あるジュエリーになることもある。ジュエリーを工芸品として見るならば、素材よりもむしろ技の見事さに価値を見出すべきですね。

穐葉: 本当にそれが最大の魅力なんですよ。決して価値が置かれていない素材でも、職人さんたちの技術によって素晴らしい工芸品に生まれ変わるんです。

山田: そうですよね。今回、展示されているジェットなんて、素材自体は石炭の親戚みたいな黒い石にすぎないじゃないですか(笑)。それを人間の知恵と技術で、見事な宝石に仕上げているわけですから。

穐葉: ジェットはとても軽いので、当時のボリューム感のあるお洋服にはちょうどいいということで多用されたわけですよね。もしオニキスであんなジュエリー作ったらとても重くて付けられないですよ。歴史的にも、古代ローマの博物学者プリニウスの博物誌の中にもちゃんと謳われている宝石ですから。

宮澤: やっぱり軽さって言うのは魅力なんですか?現代のネックレスなんかでも見た目には重そうなものが多いんですが。

穐葉: それは今のジュエリーだからだと思いますよ。当時は金は希少でしたから、少ない量で効果的に見せるためにさまざまな装飾や立体的に見せる技法が施されているんです。だからすごく軽いんですよ。特にゴールドチェーンはさらさらしているんです。金の精度の見分け方がありまして、ちゃんと細工がされているものは、手の中に入れて握るとクシュクシュッと小さくなって、それをまた開いて伸ばした時に綺麗に真っ直ぐになるんです。相当精緻な細工がされていないと小さくしようと思っても、ごつごつと角が引っかかって小さくまとまらないんです。本当は実際に触っていただくと分かりやすいんですが。

山田: それ、昔の懐中時計の鎖も全く同じですよ。細工のいいものは、驚くほど小さくまとまるし、絡まずスッと伸びますから。角の面取りや磨きの精度が高いんでしょうね。

穐葉: 精緻なものは、触ったときに金属らしくない、金糸のような柔らかい質感があるんです。今回の展示では触ることが出来ませんが、どんな素材が使われているのか、そしてその素材がどんな技術によって細工されているのか、そのあたりにぜひ注目して欲しいですね。

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