ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:秀島史香さん @奇想の王国 だまし絵展


『記憶に残る“想い”』


海老沢: 今回は時代も幅広いですし、国や手法もさまざまでしたので、実は“伝えること”の難しさをあらためて感じた展覧会でもあったんですね。秀島さんは、ラジオの番組でもご自身のブログでも、しっかり“伝える”ということを実践されていてすばらしいと思います。

秀島: ブログに関しては、ほんとにお友達に対して、こんないいものがあったよ、とか、こんな美味しいものを食べたよ、っていうノリで面白おかしく言っているだけなんですけど(笑)。

高山:それでも、誰にでも分かるような言葉や言い回しで、ちゃんと伝えたいことを表現されているところがやっぱりさすがだと思います。

海老沢:かっこよく見せることや美しく見せること、一方でわかりやすく見せることやちゃんと伝えること、このバランスをどう折り合いをつけるかがいつも悩むんです。「お手を触れないでください」という表示ひとつとっても、あまり目立つと美しくないし、見えないとお客様や作品の安全が損なわれる可能性がある。その辺りが毎回難しいですね。

中根:今回、秀島さんは、子供向けの音声ガイドのナビゲーターをされているんですが、実は、僕はまだ聞いていなくて。というのも、とりあえず1回目は音声ガイド無しで見たんですが、少なくとも後2回はまた見ようと思っているので(笑)、次回は必ず子供向けの音声ガイドを聞きます。

秀島:音声ガイドは、ちゃんとした説明と楽しさの演出とのバランスが難しかったですし、特に今回は子供向けと言うことで大変な部分もありました。“剥製”って分かるのかなとか、“狩猟”ってどういう風に言い換えればいいんだろうとか、“半球”ってもっと分かりやすいい方がないかな、とか。効果音を使った部分もあるんですが、ラジオでもそうですけど、音を聞くといろんなことが具体的にイメージできてしまうので、すごく気を使いました。普段はいろんなことを言葉で伝えるために、どう表現しようか、どう変換しようかと常に考えている人間からすると、まったく別のアプローチだったので、勉強にもなりましたね。でも、おかげさまでとっても面白くてためになる内容になっていますので、ぜひ聞いてみてくださいっ。

中根:以前、このギャザリングのゲストとしてもご登場いただいた、渋谷のギャラリー・ル・デコのオーナー島中さんが、「最も優れたアートとは、子供から大人まで世代を超えて楽しめるものだ」とおっしゃっていたのですが、今回の展覧会はまさにそうですよね。年齢、性別、国籍など関係なく誰でも楽しめますよね。これから夏休みに入りますし、特に子供たちに聞いてもらいたいですね。

海老沢:私たちも今回は、いろんな学校の方にもPRさせていただいたんですが、大変良い反応をいただいたんです。学校の先生方もこれは子供たちに見せたいと思ってくださったようなんですね。ですから私たちもご家族連れの方なんかにぜひ来ていただきたいと思っています。

秀島: 小学生の頃に行った美術館とか絶対覚えていますからね。こういう展覧会が原体験となる子供たちがいたらホントに素敵ですよね。お母さんに図録をねだって(笑)、で、それをずっと大切にしてくれたりしてね。そういう意味で絵画っていいですよね。最近は簡単に消費されていくものが多いけれど、何百年も前の本物が生で体験できるわけですから。
私がうらやましいなと思うのは、ラジオの場合はほとんど生放送ですから、形に残らないんですよね。その時にしゃべってそれで終わり。聞いてくださった方の心にどう残ったのかなというのが、わかりづらいんです。今の番組は10年目なんですけど、ふと振り返ってみたときに、一体何が残せたのか、それを考えてしまいますね。

中根: でも、生だからこそ、その日、その時でないと聞けない面白さ、楽しさがあって、それはある意味“出会い”ですよね。きっと素敵な言葉とか、楽しい言葉とか、その人の心にずっと残っていると思いますよ。また、ラジオの場合はアナログな感じがいいですよね。個人的にはエアチェック世代なので(笑)。これが例えばデジタルの音声データで半永久的に残っていても情緒が無い気がします(笑)。

高山: ラジオはテレビと違って、聞く方も集中しているでしょうし、声も直接聞けるわけですから、お互いの距離が近い感じがしますよね。記憶に残るメディア、お仕事だと思います。

秀島: 確かに、一緒に生の時間をラジオの前の人たちと共有できている時間は素晴らしいし、ありがたいです。私がラジオのお仕事をしたいと思ったのは、以前、NYの高校に通っているときに、好きな女性DJの方のラジオ番組をいつも寝る前に聞いていて、この向こうに人がいる、一人じゃないんだ、みたいな空気を感じたのがきっかけなんです。

中根: 音や動画も含めて、全部見せられるよりも、想像する余地があるっていいですよね。ラジオを聴いていても、DJの人ってどんな顔でどんな体型なのかなって、絶対想像してしまいますから(笑)。人の気持ちとか想いとか、形に残らないからこそ覚えているっていうことがあるのかもしれませんね。

秀島:限られた情報や空間の中で、自分の頭の中で考えること、遊ぶこと、それが大事なんでしょうね。その方が、相手のぬくもりや想いがより感じられる。今回も、ただ作品を見るだけじゃなくて、どこがだまし絵なの?何のために描いたの?と奥に踏み込んで考える時間があるからこそ、よりいっそう楽しめるのだと思います。そうやって作者の想いを想像しながら絵を見ることって実はすごいことですよね。時空を超えちゃうわけですから。本当に今回は貴重な経験だったと思います。

  編集後記
 
 

大好評だった「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」展での音声ガイドのナレーションがご縁で、いつかぜひ子供向けにも何かできたらいいですねというお話をさせていただいていたのですが、こんなにも早く実現してしかも本当にわくわくするような子供用音声ガイドが完成しました。子供向けということに限らず、展示作品の魅力を平易な言葉でわかりやすくかつ身近に感じていただけるように伝えることは、どの展覧会においても課題にしていることですが、今回、秀島さんの録音にも立ち会わせていただき、一つ一つの言葉を吟味しながら、ほんとうに目の前に少年がいるかのように語りかけている秀島さんの姿を見て、改めて“言葉で伝えること”の難しさや奥深さを実感しました。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

前へ


ページトップへ
Presented by The Bunkamura Museum of Art / Copyright (C) TOKYU BUNKAMURA, Inc. All Rights Reserved.