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小田ひで次さん @アンドリュー・ワイエス 創造への道程


ID_030: 小田ひで次さん(漫画家)
日 時: 2008年12月1日(月)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

小田ひで次(漫画家)
1962年 岩手県生まれ
1992年 「拡散」(講談社「月刊アフタヌーン」)でデビュー
2007年 「ミヨリの森」が山本二三監督でアニメ化。
代表作として「クーの世界」「続・ミヨリの森の四季」など。2009年1月に「手乗りマンモスのモウちゃん」が講談社より刊行予定。
宇都宮文星短期大学 芸術文化コース講師
NPO法人 風景の生命を守る地域づくりネットワーク(fitn)理事

公式サイト:http://www.odahideji.com/


『ワイエスの向こうに見えるもの』


海老沢:今回の『アンドリュー・ワイエス』展いかがでしたでしょうか。

小田: ポスターにもなっている《火打ち石》が印象的だったんですが、あんなに小さな岩だったんですね(笑)。隣の習作に描かれているかもめの大きさと比べてわかったんですが、もっと大きくて、ちょっとした山ぐらいの大きさがあるのかと思っていたので意外でした。

海老沢: それはお客様からも感想としていただいたことがあります。「もっと大きな岩かと思っていた」と。ただ、ワイエスのことを知らない方でも、ポスターを見て、この絵は見たいとおっしゃってくださる方は多くて、やはりそれだけ大変強い印象を残す絵なんでしょうね。

小田: この石には、その土地の精霊であるかのような存在感があるし、絵そのものからも巨岩信仰のような宗教的な要素が、図らずもにじみ出ているような気がしますね。

宮澤: ワイエスの絵に関してはかなり厳密に管理されていて、そもそもポスターとして使用できる絵も数枚が指定されただけで。その少ない選択肢の中から選んだわけですが、今回の展覧会のサブタイトルが「創造への道程」でしょ。この絵は習作の枚数が多かったり、途中描かれているかもめが最終的にはいなくなったり、創作のプロセスをちゃんと見ていただけるので、そういう意味でこの絵は象徴的で、ポスターにして正解だったのかなという気はしますね。

小田:もともと興味はあったものの、ワイエスの絵をちゃんと見るのは今回が初めてなんですけど、丘を登ろうとしているクリスティーナの後ろ姿を描いた作品(《クリスティーナの世界》※今回は展示されていません)は、もっとドラマティックなシーンだと思っていたんですが全然違うんですね。僕は物語作家なので、どうしてもああいう絵を見ると、男に捨てられた女の悲愴感とか、亡くなってしまった子供に対する想いとか、そういうちょっとベタだけど、映画のワンシーンのような劇的なシチュエーションを想像しちゃうんだけれど。

中根: でもそう見えますよね(笑)。僕もワイエスの絵には映画的な質感を感じていて、初めて見たときに、これはロシアのアンドレイ・タルコフスキー監督の映画だって思ったんです。アメリカとロシアなので舞台や背景にあるものは全然違うんですが、まだ人の手に荒らされていない原風景をそのまま閉じ込めたという意味ではまさに映画のワンシーンだったんですよ。

海老沢: 実際、映画監督でワイエスの世界に影響を受けている方は多くて、ラッセ・ハルストレム監督の『サイダーハウス・ルール』や、テリー・ギリアム監督の『ローズ・イン・タイドランド』などは、逆にワイエスの世界観を映画のワンシーンとして取り入れているそうです。ですから、すごく映像的にも影響力のあるアーティストだと思います。

小田: でもアメリカの原風景を描いていると言ってもワイエスの場合はかなり暗いですよね。例えば、アメリカというテーマと精緻な描写というとノーマン・ロックウェルなんかを思い浮かべるんですが、全然違いますよね。アメリカの作家でバージニア・リー・バートンという人が作った国民的な作品で「ちいさいおうち」っていう絵本があるんですけど、これは静かな田舎にぽつんとあった小さい家の周りがどんどん発展して街になっていってしまうというストーリーで、最終的にはすべて元に戻って一応ハッピーエンドにはなるんだけれど、深読みすると、アメリカの開拓の歴史、つまりもともと先住民が住んでいた土地を侵略して奪った歴史がベースにあるんですよ。そういう暗い部分が感じられる。ワイエスの絵もそうなんですよね。ヘルガを描いた《ページボーイ》にしても友人ウォルター・アンダーソンを描いた《ガニング・ロックス》にしても、どこかアメリカの先住民を思わせる風貌ですよね。だから、アメリカの持つ略奪から開拓に至る負の歴史みたいなものが、直接は描いていないけれど、全体の陰鬱な色彩とか、空気感の中に表現されているような気がします。ちょっと考えすぎかもしれませんが。

海老沢: ヘルガはドイツ人ですが、ウォルター・アンダーソンは実際にアメリカン・インディアンの血を引いている人物ですよね。

小田: ワイエスのインタビューの中に、そういうアメリカの成り立ちや負の歴史に対する発言はないんですか?

宮澤: 彼の発言にはあまりないと思いますね。だから、対象として他に近いものがあるとすれば、それがオルソン家の二人や彼らが住んでいた古い家であり、クリスティーナなんでしょうね。負の遺産と言う意味では、《松ぼっくり男爵》なんかは直接じゃないけれど戦争の記憶が込められていますよね。でもワイエス自身は白人だし裕福だし、そういうものを意識しなくてもそれなりに生きていけたでしょうから、僕はそこまでは考えが及んでいない気がするんですよね。

小田:彼は作品の中で直接負の歴史に触れているわけではないので、おそらく意識はしていないのだと思います。それでも表面的には明るく振舞っていても、どこか自分たちの歴史に罪悪感のようなものを引きずりつつ生きていかざるを得ない、僕はそういうアメリカ人の病的な部分を、ワイエスの作品の中にどうしても感じてしまうんですよね。

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