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今月のゲスト:謝 孝浩さん@スイス・スピリッツ


ID_016: 謝 孝浩さん(ライター/作家)
日 時: 2006年3月10日(金)
参加者: 宮澤政男、廣川暁生(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、鷲尾和彦、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

謝 孝浩(しゃ たかひろ)
ライター・作家
1962年長野県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。
在学中には探検部に所属し、パキスタン、スリランカ、ネパールなどに遠征する。
卒業後は秘境専門の旅行会社に就職し、添乗員として世界各地を巡る。
2年で退職し、5カ月間ヒマラヤ周辺を放浪する。
帰国後はPR誌、旅行雑誌、自然派雑誌などに寄稿を開始。
標高6千メートルから、海面下40メートルまで、フィールドを飛び回っている。
最近では、日本にも目を向け、日本各地を行脚している。また2006年には、はじめての小説も出版。
フィクションの世界にも活動の場を広げている。
主な著作『スピティの谷へ』(新潮社) 『藍の空、雪の島』(スイッチパブリッシング)
WEBサイト:http://www.t3.rim.or.jp/~sha/gentle/


『山々への視線』


海老沢: 今回はスイスの山がテーマになっていて、伝統的な絵画から現代美術まで幅広く展示されているんですが、謝さんのように実際にそういったフィールドで活躍していらっしゃる方から、どういう風に見ていただけるんだろうということをとてもお聞きしたかったんです。作品をご覧になっていかがでしたでしょうか。

謝: まず山というテーマで展覧会ができるということ自体が驚きですよね。山がどういう風に捉えられていったのかという流れや、山の絵に関する美術史みたいなものが分かってくるところも面白いと思いました。
個別の作品については、僕はあまり絵のことは分からないので、山好きの一観客として見た場合の感想ですが、最初に印象に残ったのは、入ってすぐのところにあった風刺画(マルティン・ディステリ《ロートタール氷河横断》)ですね。キャプションを読むと登山に対する皮肉がこめられていて、なるほどと思うのですが、それでもあんな装備で大丈夫なのかな、と(笑)。服装も随分軽装ですよね。ただ同時に、やはり僕が育った長野の松本の上高地なんかと同じく、アルプスでもこうやっていろんな人が危険に身を晒しながらルートを開拓していたんだろうなということもあらためて感じさせられて非常に興味深かったです。そのプロセスは恐らく世界各地でそんなに変わらないものなんでしょうね。
それから次に面白いなと思ったのは登山の装備で描いたアート(フーゴ・スーター《絵画(風景)》)ですね。表からだとすりガラス越しに見える山の風景なんですが、反対側から見たらいろんな装備だったっていうのがすごい。横から種明かしを楽しみながら見られるのが面白かったですね。このスコップがこういう風に見えるんだ、ってね。
木で作られた双眼鏡を持った人の彫刻作品(マルクス・レーツ《遠くの眺め(双眼鏡の男Ⅲ)》)は、正面から見た時はなんだかよく分からなかったんですが、横から見ると、人や双眼鏡の形、木の猛々しい感じ等が実によく出来ていて驚きました。
それに、銅線のワイヤーで表現されたニーセン山(マルクス・レーツ《これだってニーセン山》)も印象的でしたね。ホドラーのニーセン(フェルディナント・ホドラー《ホイシュトリッヒから見たニーセン山》)は同じ山を描いていても象徴的で宗教っぽさを感じさせる描き方だと思いましたが、レールの作品は単純に表現されているようでいて、より一層ニーセンっていう山が象徴化されていると言う気がしました。

鷲尾: 僕は最初の絵(フェリックス・マイヤー《グリンデルワルト下氷河》)にとてもインパクトを感じました。これは山を目の前に忽然と現れた「異形」として描いていますよね。象徴的であり神話的でもある。まず最初に山を描くというのはそういう目の前に立ちはだかる「異型」としての存在であったということが非常に興味深かったですね。それはまだ人間に飼いならされている山、親しみのある山ではない。「異型」はすなわち「畏敬」でもあったのかもしれません。今回の展覧会は、それぞれの時代に生きた様々な人々がどういう風に山を見つめていたのか、また山を発見していったのか、ということが見えて非常に面白かったですね。象徴として崇めようが、観光や、あるいは政治的に利用しようが、結局戻ってくる場所として山は切り離せないっていう人々がいる。そのこと自体にとても感慨深いものがありました。

謝: スイスの画家では有名なクレーも山を描くとこんな作品(パウル・クレー《贋の岩》)になるんだ、という驚きもありました。ちょうどクレーの作品を見ているとき、周りにポップ・アート好きだっていう若い人が何人かいたんですよ。キャプションを読んでしばらく立ち止まって眺めていたんですが、その若い人達と一緒に見ていた時間と空間がなんとも面白かったですね。

中根: クレーの作品は僕も思わず立ち止まって見てしまいました。良くも悪くも山の持つ力や恐ろしさが表されている気がしたんです。山が好きという人にとってああいう山の表現の仕方はちょっと嫌な感じはなかったですか?

謝: 嫌な感じというのはなかったけれど、僕が山に対して持つ憧憬や尊敬という感覚とは全然違うと思いました。僕はずっと北アルプスを見ながら育ってきたので、そういう原風景が子供の頃から意識の中に刷り込まれていて、それが山を好きになるということにつながっているんじゃないかと思うんですね。だから大学で東京に出てきた時に何か物足りない感じがして、それをヒマラヤとかで再発見しようとした経緯があるんです。クレーのこの作品はそういう山に抱く想いとは異質な感じがして、クレーは山が好きではないのかもしれないとも思いました。逆に山との対峙の仕方で僕に近いと思ったのはペリエですね。この夜の山を描いた作品(アレクサンドル・ペリエ《テリテット近郊の夜》)は今回個人的に一番良かった作品ですね。ここで随分長く止まっちゃいました(笑)。こういう風に自分が好きと思える作品に出会えるのも展覧会の醍醐味ですよね。

高山: 私も今回はペリエが一番いいと思ったんですよ(笑)。私が特に好きなのは《グランモン山》の方です。本当に美しくて見ていて飽きない作品で、今回の展覧会ではこの人と知り合えただけでも本当に良かったと思っているぐらいです(笑)。

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