草深い蔦の枝葉をたくわえた家屋。小さな窓を覗くと、お洒落なクロスの食卓には夕飯の仕度が整えられ、煌々とかがやく蝋燭の仄灯りは、あたたかな暮らしの気配を滲ませる―。
劇団の舞台美術職からドールハウス作家へ転身。数々の功績をおさめ、ドールハウスの第一人者として呼び声高い、本澤敏夫。作品をひとたび覗けば、ピクチャレスクな絵画的美しさと、職人技で精巧につくり込まれたリアリティが入り混じり、まるで古いパリの街並みに迷い込んだような錯覚を思わせます。本展では、本澤のドールハウス作品にミニチュア楽器作家、吉田和則が表現する音楽の世界をブレンドし、フランス語で“歌う”という意味を持つ“chante”な日々を演出いたします。
一日の始まりをつげるマルシェ。所狭しと陳列された野菜やチーズの店々。パサージュには楽器や本など趣味の品を求める人が行き交い、店先では番犬がまどろむ。明かりが燈りだす夕暮れになれば、裏路地の酒場から笑い声が聴こえる。まるで歌うように揚々と営まれる日々の生活。往古来今の芸術家たちが愛するパリの風景。そんなワンシーンを切り取った作品には観る者の想像力を膨らませる力が潜在し、そこからはいくつもの物語が生まれてきます。
作家たちの逸技により再現された華の都、パリ。その細密で小さな憧憬風景は、セーヌ川やモンマルトル、人々の日常までをも今ここに感じさせます。暮らしの活気溢れだす「chanteな日々」の中で、あなたに聞こえる歌声や楽器の音色は、どんなメロディを奏でるのでしょう。