物語
静まり返った長屋の前の路上を、少年・アリダが歩いている。 「どうして僕をつけるのですか」 アリダが振り返って叫ぶと、そこには銀メガネをかけた男が立っていた。 十年前に幼いアリダを誘拐しようとした男である。 今日はアリダの兄の一周忌。 兄は同棲していたお甲と心中を図って死に、お甲だけが生き残った。 お甲は兄との間にできた子のミルク代にまで困り、兄に貸した金を返して欲しいとアリダに言ってきたのだった。銀メガネは言を弄してアリダが用意してきた金を預かってしまう。そこにお甲が現れる。お甲は時に優しく時に厳しく。さらに哀れを誘うように金をねだる。明日は、お甲の隣人のアトムたちがプロレス巡業に出発する日。彼らに旅費を渡したいお甲は、自分の唯一のとりえである〝水芸〟と引き換えにお代をもらおうと決心する。そして―。 「できます。踊ります。この白糸太夫は! 万事はこの一事から!それでは皆さま、手首の蛇口をはずしましょう!」 「菖蒲はどこだ、この夜をあやして守る。ぼくらのあやめは!」