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岩松了が描く任侠劇シリーズ!「シダの群れ3 港の女歌手編」この秋公開!!

シダの群れ 第三弾 港の女歌手編

2013年11月6日(水)~30日(土)

Bunkamuraシアターコクーン

トピックス

『シダの群れ 港の女歌手編』初日観劇レポート

行き詰まる想い、積もる葛藤を銃弾が昇華させる群像劇

 開演を告げるアナウンス。ゆっくりと落ちていく照明とともに、汽笛や船の行き交うざわめきが湧き起こり、劇場はつかの間、港のある、どこでもない街へと姿を変えた。

 2010年に始動した鬼才・岩松了作・演出による、任侠の世界を描くシリーズ『シダの群れ』。第三弾『港の女歌手編』はタイトル通り、往時の日活映画もかくやという、港町のクラブSWANが舞台だ。

 女歌手ジーナ(小泉今日子)はSWANのシンボルにして女王。だが、彼女にはサンフランシスコのクラブへの移籍話が持ち上がっている。背後にあるのは店を仕切る都築組と、対立する和田部組のつばぜり合い。今は都築組についた形で様子を見る大庭組を含む三者の緊張関係が、ジーナの運命に影を落とす。都築組若頭の結城(小林薫)や、SWANを仕切る都築組組長の長男ノブ(赤堀雅秋)、ジーナのマネージャー山室(吹越満)ら、それぞれにジーナを想う男たちも気を揉むことしかできない。

 一触即発の港町、そこにフラリと現れたのが、第一弾で自身が身を置く志波崎組幹部を撃ち、失踪していた森本(阿部サダヲ)だ。都築組のチンピラ・アキラ(佐藤銀平)とタツ(足立理)らに襲われたものの、大庭組幹部・清水(豊原功補)の息がかかったSWANで働く女ヨシエ(市川美和子)が素性を保証し、またアキラらを返討ちにした腕も買われ、森本は都築組の客分になる。さらにノブの弟で清水を慕う新太郎(岡田力)、和田部組に囚われていたトシキ(末吉秀太)、訳知りのバーテンダー藤堂(戸井田稔)、清水の運転手・立花(永岡佑)、歌手志望の中国人少女レンファ(桜木テン)ら寄る辺ない人々がせめぎあい……と、こんなところが今作の導入説明だろうか。

 前二作の登場人物も絡む複雑な人間関係、岩松節炸裂の含みと示唆に富んだ意味深な会話の応酬は、イケイケなヤクザ物とは一線を画した世界観を醸し出す。同時に劇中には銃撃線など迫力あるバイオレンス・シーンも存分に盛り込まれ、従来は終幕までの時間に行き詰まり、積もる登場人物たちが抱え込んだ昇華されぬ想いや葛藤が、銃弾や刃物と同じ軌跡を描きながらぶつかり合い、鮮やかな火花を散らすのがこれまでにない快感に思える。

 また、音楽監督エミ・エレオノーラ率いる5人編成のSwan House Bandによる生演奏も、今作の目玉となるもの。ジーナ=小泉はもちろん、バンド活動もしていた豊原が加わったデュエットによる「Summer Wine」は、劇中の艶めく男と女の駆け引きを盛り上げるテーマ・ソングだ。またラスト近く、ジーナが自身の孤独と愛を込めて歌う、今作オリジナル・ナンバー「Sailing」の歌唱も鳥肌立つシーンとなっていた。

 自身を押し殺し、組を守るべく行動する結城の哀感、滑稽と哀愁の間を往還する山室の軽妙さ、ジーナへの想いを身を震わせるように訴えるノブの情熱、ホンモノと見紛うほどの清水の迫力、コケティッシュでつかみどころのないヨシエの魔性、自身を持て余すかのようなアキラとトシキの繊細な葛藤。岩松演出に鍛え上げられた俳優たちは、力を尽くし、ギリギリの世界を生きる人間の色気を舞台いっぱいに発散している。

 だが、特筆すべきは森本の「受ける芝居」の巧みさだろう。普段は自ら仕掛ける役割の多い阿部が、この街の異邦人たる森本として周囲をじっくりと観察し、ピンポイントで切っ先鋭く発する台詞は、ひとつひとつが相手役と場面、そして観客にまで楔を打つように突き刺さる。拠りぬき、研ぎ澄まされた森本の言葉と行動は、ジーナをはじめとする孤独な魂を貫き、別の次元へと誘う弾丸のようだ。

 岩松了は「森本の存在によってこの作品が誕生し、森本の帰還により、さらに先へと続く道を見出した」という主旨の発言をしている。その言葉を裏づけるように、ラストの一場は次なる遍歴への予告に見えた。

 終わらぬ物語、和製『ゴッド・ファーザー』の如き任侠叙事詩の目撃者になるには、まだ遅くない。 

撮影:細野晋司
文:大堀久美子