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血は立ったまま眠っている
作/寺山修司 演出/蜷川幸雄
2010年1月18日(月)〜2月16日(火)
Bunkamura シアターコクーン

一本の樹の中にも流れている血がある そこでは血は立ったまま眠っている ―寺山修司

23歳の寺山修司が渾身の力で書き下ろした伝説の処女戯曲に、
蜷川幸雄が挑む!鮮烈なキャストが集結!疾走が始まる―。

前衛劇団<天井棧敷>主宰、ジャンルを越えた「挑発行為」に生涯を燃やし続け、現在も尚、多方面に影響を与える寺山修司。自身の短い詩から生まれた本作は、六十年安保闘争を背景に、社会の底辺に生きる人間たちの爆発しそうな憤りや葛藤が瑞々しく描かれた青春劇である。この戯曲に蜷川幸雄が挑む!
兄弟のように身を寄せ合う若きテロリスト二人。純粋であるがゆえに狂気を感じさせる良役に、蜷川組初参加、近年、得がたい個性を持つ俳優として益々の注目が集まる森田剛。灰男役には、今回が初舞台となり、ワイルドさとナイーブさが舞台上でどのように開花するか期待が高まる、窪塚洋介。良の姉であり詩人の夏美役に、聖と俗の振れ幅が魅力の実力派・寺島しのぶ。また、六平直政をはじめ、三谷昇、金守珍、蘭妖子、大石継太ら舞台に奥行きを与えるベテラン陣。映像での活躍も目覚しい、柄本佑、江口のりこ、丸山智己。伝説のパンクロッカー、遠藤ミチロウが唄うブルースにのせて、圧倒的なノイズを放ちながら物語は疾走を始める!

戯曲 寺山修司(てらやま しゅうじ)1935年12月10日生まれ 青森県生まれ

51年 青森高校に入学。新聞部、文芸部に参加する。
54年 早稲田大学教育学部国語国文学科に入学、在学中から短歌会などで歌人として活動。
58年 第一歌集「空には本」刊。
59年 谷川俊太郎のすすめでラジオドラマを書きはじめる。投稿した「中村一郎」(RKB毎日)にて、民放会長賞を受賞。
60年 長編戯曲「血は立ったまま眠っている」が劇団四季で上演される。
64年 放送詩劇「山姥」(NHK)がイタリア賞グランプリ受賞。放送詩劇「大礼服」(CBC)芸術祭奨励賞受賞。
67年 横尾忠則、東由多加、九條映子らと演劇実験室「天井棧敷」を設立。
69年 渋谷に天井棧敷館及び地下小劇場落成。作詞したカルメン・マキの「時には母のない子のように」が大ヒットする。
70年 「あしたのジョー」の力石徹の葬儀を"喪主"として行う。
72年 ミュンヘン・オリンピック記念芸術祭にて、野外劇「走れメロス」を上演。
74年 長編映画「田園に死す」(芸術祭奨励新人賞)を脚本、監督。
75年 南仏ツーロンの「若い映画」祭でマルグリット・デュラスと共に審査員をつとめる。
77年 フランスの写真雑誌「ZOOM」の日本特集号を単独編集。
79年 東京都美術館にて公開ワークショップ「犬の政治学」。肝硬変のため北里大学付属病院に一ヵ月入院。
80年 「シティロード」読者選出ベストテンの演劇部門「作家・演出家」の分野で、二年連続第一位となる。
82年 長編映画「さらば箱舟」(脚本・監督)で沖縄ロケ。谷川俊太郎とビデオレターの交換をはじめる。
83年 絶筆となったエッセイ「墓場まで何マイル?」を書く。
  5月4日午後0時5分、肝硬変と腹膜炎のため敗血症を併発、死去。享年47歳

演出 蜷川幸雄(にながわ ゆきお)
1935年10月15日生まれ 埼玉県生まれ

55年に劇団青俳に入団し、67年に劇団現代人劇場を創立。69年『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビュー。72年演劇集団『櫻社』結成、74年同劇団を解散後、『ロミオとジュリエット』で大劇場演出を手掛けるようになる。以来、名実共に演劇界の第一人者として活動し続けている。また、ヨーロッパをはじめアメリカ、カナダなど行った遠征公演を通じて海外でも高い評価を得ている。88年『近松心中物語』の第38回芸術選奨文部大臣賞をはじめ受賞歴多数。92年には、英国エジンバラ大学名誉博士号を授与された。また、84年に始めた『蜷川スタジオ(ニナガワカンパニー)』では若手の演劇人たちと共に、積極的に実験的な演劇作品を生み出し続けている。06年、彩の国さいたま芸術劇場で55才以上の演劇集団『さいたまゴールドシアター』、09年に若手俳優育成プロジェクト『さいたまネクスト・シアター』創設。現在、シアターコクーンと、埼玉県芸術文化振興財団の芸術監督に就任している。

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