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Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品 All the Winners

第2回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品

三田英彬 著

『芸術とは無慚なもの 評伝・鶴岡政男』

(1991年12月発行 山手書房新社刊)

選 考 吉本隆明
受賞者プロフィール
三田英彬(みたひであき)

1933年、北海道生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、慶応義塾大学大学院国文学研究科修了。 主な著書に『棄てられた四万三千人-樺太朝鮮人の長く苦しい帰還の道』『泉鏡花の文学』『青函隧道』『評伝 竹久夢二-時代(とき)に逆らった詩人画家-』などがある

受賞作品の内容
知られざる異端の画家はこんなに多芸・多才・奇才の人であった。創造の秘密、ユーモア、 風刺の精神に迫る。自由奔放、破天荒な人生を描いた人間ドキュメント。

選評

「選者の弁」/ 選考委員 吉本隆明

 選者として関与した第2回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」は、三田英彬『芸術とは無慚なもの―評伝・鶴岡政男』に決まった。役割を果せてほっとしている。わたしにはこんなイメージに叶う小説作品があったら無条件に受賞作に選ぶだろうなという思いこみがあった。それを念頭におきながら平成3年(1991)の8月から平成4年(1992)7月までの担当期間に公刊された小説・評論・戯曲・詩歌の目ぼしい作品を眼についたかぎりためておき、期限が近づいたら一気に片端から読んで対象をしぼりあげようとおもった。じぶんにしては稀にみる律儀さだった。

 事務局や助言者たちの意見を考えにいれながら候補作をしぼっていった。そして選ぶ期限が近づいたとき、まず第一に事務局のあげた候補作品と選者のあげた候補作品を合わせてひとつにリスト・アップした。更に期限がさし迫ったとき、選者・事務局に共通した最終候補作品が6篇のこされた。そしてこの6篇はどれを選んでも優劣をつけ難いとおもわれた。逆の言い方もできる。選者がいだいていた理想のイメージそっくりの作品が一つだけあって、まわりを是が非でも口説き落としてこの作品にしようというところまではいかなかった。事務局においても同じことだったろう。
 そこで最終候補作品6篇について、選者の責任で消去法の条件を出した。
 第一は、芸としての文学の核心は<書く>ことの持続性にある。これを受賞の中心の条件とみなし、現職(現役)の文学研究者の著作を除外することにしたらどうかということだ。ここで現職(現役)の定義が選者から説明された。じぶんがやっている文学研究のテーマと同じテーマを研究している研究者は、世界中のどの地域に何人、どの国に何人いて、名前もその研究の方法もわかっている。それにたいし、じぶんのやり方はここが違い、これだけ進んでいるというふうに、絶えず競り合いを続け、その場所から下りたら退役ということになってしまう。これを現職(現役)の文学研究者の定義とする。文芸の創作、批評のたぐいは<書く>手と頭脳と感覚と心情との絶えまない連結から成立っているもので、まったく研究とは違うことだし、両刀を持続的に使うことは不可能だといえる。だから消去法を使って受賞対象からはずしていいとおもえる。
 第二にあげた条件は、すでに文壇・文芸界で文学賞の候補作になりながら、受賞できなかった作品はおこぼれとみなして受賞の対象から除外しようということだった。選者を引き受けたかぎりこの「Bunkamuraドゥ マゴ文学賞」を高くみなしたいという善意とプライドが働くから、どうしてもそんなことになる。

 選者がこの条件を持ち出したので、さらに最後の候補作は3篇くらいにしぼり出されることになった。ここまできて選者が独断と偏見の責任をもつことにして三田英彬『芸術とは無慚なもの』を受賞作に決定し、了解をえた。三田英彬氏は受賞を受諾された。

 選者が受賞作品としてはじめからイメージしていたのは、小説作品(フィクション)だった。三田氏の作品はノンフィクションで、批評文と小説作品との中間にある。そこで理想のイメージとは、すこしずれるともいえた。だが対象になった鶴岡政男が破格の生涯を貫いた戦後屈指のすぐれた画家だったから、ノンフィクションの記述がそのまま語りと劇になっている。著者はこの画家の画業と生きざまにあたうかぎり肉迫しようとし、それがそのままフィクション間近までいっている。そして抑制と均衡が筆を鈍くさせているといえなくはないが、別の見方からはこの抑制と均衡があるためにかえって緊迫感と対象像の正確さがえられているということもできる。

 わたしは単独でしかも、一年限りでいいという事務局側のすばらしい見識に惹かれて、選者を引き受けた。これなら文筆業者の世界にありがちな腐りきった人間関係にまきこまれることも、まきこむこともありえないとおもったからだ。でもやってみてはじめてわかったこともある。もし同等の出来栄えと判断される候補作品が並んでいたとすれば、日頃からじぶんが馴染んでいる思考方法や好んでいる作品傾向のものを選ぶことになってしまうな、ということだ。またじぶんのことに触れた作品に出あうとどうしても照れくさくなって敬遠と親和の意識を同時に感じてとまどい、つくづく参ったなとおもえてくる。そして決断がにぶってしまう。もうひとつどうしても言っておかなくてはとおもうことは、どれだけたくさんの作品を読みえたか、いい作品がほかにもあったのに読みはぐれていないか、こういった危惧を解消するには、良心に限度がないということだ。怠け者のこの選者にしてみれば、この一年間、比較的たくさんの作品を読んだ。また、いろんなジャンルに目くばりをした。だから見当外れのことはしていないはずだということで、赦してもらわなくてはならぬ。
 事務局その他、たくさんお世話になった方たちに感謝して選者の弁としたい。最後に受賞者三田英彬氏がいい仕事を持続されることを祈りたい。

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