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Bunkamuraドゥマゴ文学賞

「フランス人の日本文化熱」恩田侑布子氏パリレポート

(2015.01.16)

 「コレージュ・ド・フランスの門前で午後四時に」

  集合時間ぎりぎりにすべり込む悪い癖が、この時ばかりは四〇分も前に着いた。パリに珍しい冬晴れが、あっというまに底冷えの落日になってゆく。ふかみどりの高い鉄柵を隔てて中庭の立像に睨まれる。その人がフランスのユマニスム(人文主義)の鼻祖、ギョーム・ビュデであることなど、その時は知る由もなかった。パリ大学神学部の曲学阿世の徒からの迫害に耐えて、フランソワ一世に設立を勧めコレージュ・ド・フランスの母胎を創設したビュデと、寒空の下で一時間もお見合をしてしまうとは。角を曲れば正門だったのに、裏門で凍死しかけたオカドチガイのわたし。

 

 十月の京都で、コレージュ・ド・フランスの教授で東洋思想の大家ジャン=ノエル・ロベール先生の講演「慈円の『拾玉集』」を聴いた。日本では思想と学問とは別物らしいが、ロベール先生の全方位からの駆動力に満ちた講演は、学問は思想への堂々たる登攀(とうはん)であることを告げていた。フランスの他の三箇所の高等教育機関と同じ講演『花の俳句 日本の美と時間のパラドクス』でいいのではという楽観はすぐに砕かれた。渡仏直前の一か月で書き下ろさなければならない。睡眠不足で十二月二日未明に脱稿。四日には機上。荷物をどう詰めたか覚えていない。

 俳句を俳句のなかで語るのは一隻の屏風を広げて畳むようなものだろう。俳句の背後にある東洋思想を実作の足元からみつめることで、日本語と日本文化の特質を浮き彫りにし、そこから俳句を反照してみたい。俳句の「切れ」を軸に、荘子と唯識思想に迫り、東洋芸術の余白を伝えたい。まずは人間の悲哀の感情の可能性を語ろう。悲哀は人類の共感と平等のみなもとであり、芸術の大地だから。崇高・長大・重厚な繁栄を追い求めてきた西洋文明が、俳句の思想である愚かで儚く弱い人間の自覚に目覚めるとき、大いなる新たなものへ開かれるのではないか。演題を『俳句 他者への開け』にした。

 講演はジュリアン・フォーリ先生の優美な逐次通訳で大いに助けられる。コレージュ・ド・フランスの聴衆は単位や学位と無関係に純粋な愛知=フィロソフィで集まってくる。
「ツウなのですよ」
フォーリ先生に耳打ちされる。
「俳人で初めてどころか、ここで講演したのはノーベル賞受賞者です」
「はあ」
エスプリかあてこすりか。

 二時間もの講演にあくび一つする人がいない。食い入るように聴き入り、目をキラキラさせて頷いてくれる。熱意がびんびん伝わって、こっちが火照ってしまう。

 講演後のレセプションで、ロベール先生にお礼を申し上げる。
「コレージュ・ド・フランスの水準に合った、とても刺激的で示唆に富んだ素晴らしい講演です」
まったく畏れ多いお言葉である。Bunkamuraドゥマゴ文学賞に選んで下さった松本健一先生から最後に戴いた、フランス講演を喜んで下さるお葉書を思い出し、胸が熱くなる。何くれとお世話戴いた方々にも感謝がこみあげる。

「恩田さんの俳句〈長城に白シャツを上げ授乳せり〉が一番好きです。感動しました」
赤いダウンジャケットの金髪の女性に抱擁される。中国詠がフランス人に熱く共感されるとは。その時、俳句のルネサンスは地球規模で起こる気がした。

 ジャン・ムラン・リヨン第三大学でもエクス・マルセイユ大学の日本語学科でも質問攻めにあう。
「俳句も日本語の話も歌のように美しい。日本語の音楽性を詩的に感じました」
「人前で歌うな」と親に遺言された音痴のわたしを泣かせる言葉。メラニーさんありがとう。
「美しすぎて日本文化の実態と違うのでは」
辛口の質問を真っ直ぐ投げかけてくる人もある。素直なフランス人のよさ。瞬時たじろぐ。じつにいい質問だ。たしかに若き好日家に花と富士山の美に包まれた国を幻想させるのは罪である。質問者は日本語学科の先生で、なだいなだ氏のお嬢さんファべネック由希さん。
「俳句という詩からの話であり、現実を審美的に変容させた部分はある。国粋主義になる危険性と俳句は闘う形式です」
彼女の運転でエクサン・プロヴァンスを案内していただく。ハンドルの先に突如、サント・ヴィクトワール山が白銀にかがやいて出現した。セザンヌの絵と現実が混ざりあう。
「あの銀色は雪じゃないのよ」
彼女はいった。
「この山がみえると安心するの」
ほんのたまゆらの山容がいまも胸に居座っている。それはやはり人間を超えたものの露頭なのだった。由希さんにご馳走になった手料理を帰国して再現してみる。ワインビネガーをつかう骨つき鳥もも肉料理はフランス式スープお寿司ともいうべきもの。摩訶ふしぎな美味しさだ。家族はもうやみつきの顔をしている。

 講演最後の四ヶ所目はパリ日本文化会館。信じられないことに百三十席が一週間以上前に予約で満席という。当日は冬のパリには稀な、かなりの降雨。半分来て下さればうれしいと願うような気持ちで出かける。ところがすでにエントランスホールはごった返している。人種の坩堝だ。一か月後の新聞社襲撃テロを思うと、人類の平等を願わずにはいられない。

 わたしの住んでいる静岡の山家の旧知のおばあさんから借り受けた梅花講の鉦と鈴を鳴らし、サンソン・フランソワ演奏ショパンの「雨だれ」に乗せて俳句朗読パフォーマンスをし、そのあと講演をする。

「日本語とフランス語の俳句が音楽と溶け合っていた。わたしも俳句をつくりたい」
「日本文化と日本語のよさを深く理解できた。かぐや姫が好き」
「講演は一冊の本を読んだような迫力」
と有り難い好評をいただく。質問の挙手があっちでもこっちでも。
「時間切れです。続きはホールの外でお願いします」
スタッフにうながされる。ドアを出るとフランス式ビズを両頬に受ける。今度はベトナム出身という瞳の大きな方。

 三〇年後、俳句はいまの柔道になっているかも。フランス人に負けないよう新しい俳句をつくりたい。

                        恩田侑布子(第23回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞者)

 

◎フランス式スープお寿司 (鶏骨付きもも肉の煮込み)レシピ 恩田侑布子

材料(3人前)

 A 鶏骨付きもも肉  3本(1本約300グラム×3=900グラム。鳥もも肉骨付きぶつ切り450グラムでも可)

 B トマト(皮を向いて、さいの目切り)  大2~3箇(酸味が好きな方は多めに)

 C イタリアンパセリ(葉の部分のみ、微塵切り)  適量

 D オリーブオイル 大さじ3杯

 E ワインビネガー 25cc ※風味の決め手となります。

 F 鳥のブイヨン  20cc(水20ccにチキンコンソメ一箇、又は鶏がらスープの素小さじ1で可)

 G バター  15~35グラム(お好みと健康状態に合せて臨機応変に)

 ※料理の仕上がり15分前に、ご飯が炊きあがるようにしておきます。

作り方

 ①Aの肉に下味の塩コショウ。隠し味程度に。

 ②厚手の鍋にDを熱し、①を両面焼いて、一旦皿に出す。

 ③同じ鍋にEを入れ沸騰させ、肉を戻しひっくり返し、Fも入れる。

 ④Bも追加で入れ、弱火で煮込む(ぶつ切りなら20分弱。3本肉の場合は30分強かかります)

 ⑤肉だけ取り出して、皿によそったご飯にのせ、Gを鍋に入れて溶かしたスープをご飯に注ぎ、Cを散らして、熱々をさあ、どうぞ!!